その昔日本人は、地下深く掘った井戸に釣瓶(つるべ)というバケツのような容器を落とし、地下水をくみ上げて生活に使っていた。釣瓶には長い紐がくくり付けられており、井戸の真上にある滑車を通して手元で引けば、水をたたえて上がってくる。 同社が中国で稼働させた「無動力オートマチックトランスミッション組立生産ライン」には、この仕組みが応用されている。「水を満たした釣瓶」をウエイト(重り)に置き換え、人の力でラインを構成するのだ。 「開発の動機は、第1に投資額を抑えるため。第2に、AT最終組み立ての経験がない中国では、日本式の自動ラインを持っていっても、修理することもできないからです。将来は、すべてを現地に任せようという方針でしたから、それでは仕方ない。ならば、機械ではなく人の力を生かすシステムにしようと考えたのです」 現地で生産されるFR(後輪駆動)車用のATは、ラインを進む部品が、円筒状のケース内部に順番に積み重ねられることで、組み上がっていく。製造装置の動きは"上下運動"が基本。釣瓶落としを応用するという発想は、こうした工程の特徴に注目したところから生まれた。部品をつかんだ組立ヘッドのハンドルレバーを押し下げ、ケース内に装着。終わって解除すると、ヘッドはワイヤーにつながれたウエイトの重さで、自然にもとの位置に戻るという仕掛けだ。 「開発コンセプトのひとつは『女性にも組めるライン』。作業負荷、すなわち押し下げたりするのに必要な力は、5kg以内です」 同じ製品をつくる国内の自動組立ラインでは、シリンダーやサーボモーターといった電動のアクチュエーターが計158個使われている。これに対して、中国工場では空圧シリンダー9個のみ。センサー類は463個から94個に減った。当然、エネルギー使用量は少なくなり、CO2排出量は自動ラインに比べ95%も削減できる。 「投資額は50%減、工場スペースも国内の半分です。設備自体、小さく低く設計できたので、管理者が工場全体を見渡せるようになりました。機械を、人が操る"器械"にしたことで、当初は予想しなかったことも含め、様々な利点が生まれました」
生産ラインといえば、機械化、自動化一色の時代にあえて逆行するかのような"人の手"がメインの生産設備。それは、もちろん偶然の産物ではない。 同社の研究・開発拠点となっている「ものづくりセンター」。他社の研究センターとの違いを浮き立たせるのは、伝統的な"からくり"を原点にした「無動力・ナガラ思想」を貫き、実践していることだ。ちなみに「ナガラ」思想とは、「ひとつの動作をし"ナガラ"、3動作以上を実現させよ」という造語。中国の生産ラインで女性従業員がハンドルを押し下げた瞬間、装置の中で複数の動作がかみ合うからこそ、何十kgのものが楽々と持ち上げられるのである。 とはいえ、すんなりと完成に至ったわけではない。07年10月の稼働に向け、本格的な開発に着手したのは前年の初め頃。 「最初から釣瓶落としが頭にあったわけではなく、設計の担当者などとひざを突き合わせながら試作してはボツになり……。『この工程は、シリンダーを使わなければ無理です』と提言した時には、上司から『無動力でやらないのなら、仕事はさせない』とまで言われました(笑)」 叱咤激励に応え、「からくりのDNA」にこだわった開発を進めた結果、最終的には、全34工程すべての無動力化に成功。「できてみて、改めて"からくりの底力"を思い知らされた」そうだ。 だが、これがゴールではない。 「現在は、ひとつの作業をするのに最大8つの動作が必要なのです。これを、すべて1作業・1モーションにするのが目標。これができれば、自動機械でも1作業・1アクチュエーターが可能になるのです」 "人動ライン"のために開発された技術を改良し、自動ラインにフィードバック。使うアクチュエーターの数が劇的に減ることは、装置の小型化、さらにはCO2排出量の大幅削減につながる。 「達成したことを、改良前と比べて満足していたら進歩はありません。我々は、あくまでも大きな"夢"と照らし合わせながら、それを追い続けたいと思っています」
アイシン・エィ・ダブリュ(株)
- 設立
- 1969年5月
- 資本金
- 264億8000万円
- 従業員数
- 1万2800名(2009年12月現在)
- ワンポイント
- オートマチックトランスミッションの専門メーカーとして世界トップシェア。カーナビゲーション分野でもトップクラス
人の手を「動力」に、複雑な作業もこなす(試作機)