受賞者紹介

紡績、染色、製織、仕上げまで一貫製造の伝統技術に、卓越したデザインを融合した手刺し絨毯

山形県山辺(やまのべ)町
オリエンタルカーペット(株)
その他受賞メンバー
荒井優子、工藤正信、斎藤洋子、桜井友子、鈴木香代子、高瀬美由紀、高橋千恵子、丹野美都子、渡辺ゆう子
推 薦 者
渡辺博明
顔写真

半田 繁  (46)
デザイン室 室長

伝統と熟練の「技」は、21世紀の美意識をも表現する力を持っていた
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皇居新宮殿や吹上御所など皇室関係、迎賓館や最高裁判所などの国家機関、各国大使館、海外ではバチカン宮殿や在米日本大使館等々──その国を代表する場に数多く納入されているのが同社の絨毯だ。その伝統と品質は全工程を社内で管理することで守られている。紡績から染色(在庫は1万3000色以上)、熟練職人の手による製織、マーセライズと呼ばれる同社独自の化学つや出し加工。さらには最大300畳にもおよぶ大型絨毯の敷き込みから、納入後のメンテナンス(回収し工場でクリーニング)まで、一貫して自社で行う。他分野とのコラボやアート色の強い作品への挑戦、伝統技術への理解とマーケティングを兼ねた工場見学ツアーの実施など、新しい試みにも積極的である。

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地域の暮らしを守るため。中国から技術を導入し、山形で育てた手織り絨毯

 手織り絨毯の最高峰といえばペルシャ絨毯と中国緞通(だんつう)。「オリエンタルカーペット」という社名には、この東洋を起源とする世界の2大ブランドに伍していこうという、気概が込められている。もっとも、この社名になったのは戦後の話。
 「当社の創業は1935年、昭和10年です。当時の東北地方は、凶作と不況による貧困にあえいでいました。そこで中国から7人の緞通技術者を招き、地域振興策として起こしたのが絨毯製造事業です」
 やがてそれは「山形緞通」として根付いていく。戦後は輸出も盛んに行われ、バチカン宮殿法王謁見の間に納入されるほど、その「技」は世界的に高く評価されるところとなった。そして高度成長期。官公庁や公共施設、企業など大きな建物が建つようになり、国内需要が爆発的に増えた。
 「もう伝統的な手織り絨毯だけでは対応できない。そこで品質を守りつつ、省力化を図るため採用したのが『手刺し絨毯』です」
 手織り技法では、まず織架と呼ばれる大きな木枠に縦糸を張る。織架の後ろには、原寸大のデザイン図(使う色が数字に置き換えて書き込んである)が下げられており、職人は縦糸越しにそれを見ながら、毛糸を織り込んでいく。熟練の職人でも1日7k~8cm織り進むのがやっと。対して手刺し技法は、手織りにはないキャンバスの裏地に直接デザイン画を描き、職人がフックガンという工具を使って毛糸を打ち込んでいく。生産にかかる時間もコストも4分の1から5分の1で済む、この手刺し技法が加わったことで、同社の顧客層はさらに広がった。

「技」の蓄積が可能にした新しいデザイン、見たことのない色彩

 残念なことに、手づくりの高級絨毯の需要は確実に減りつつある。しかし、同社では現代における伝統の意義を様々なかたちで模索してきた。そのひとつが山形出身の著名なインダストリアル・デザイナー、奥山清行氏が主宰する「山形工房」とのコラボレーションだ。ちなみに奥山氏は、あのフェラーリのマシン「エンツィオ・フェラーリ」をデザインした人物である。その奥山氏のデザインを、山形の素材や伝統技術を使って商品化するプロジェクトが「山形工房」。
 「奥山さんの最初のデザインは紅葉の柄でした。そのデザイン画の色は、鮮やかすぎる赤やピンク。『こんな色を使うのか……』と衝撃的でしたね。同時に悩みました。淡いベージュの羊毛は、鮮やかな色を出すのがとても難しいんです」
 だが、ここで同社の本領が発揮される。
 「当社の製品の毛糸はすべて社内で染めています。また染料や染色法の研究、試作品の開発も工場内の研究室で行っています。この時も染料を発色の優れたものに変えたり、処理を変えたりして、奥山さんのイメージどおりの色を出すことができました」
 半田さんがMacで配色分割した原図が原寸のキャンバスに写し取られ、職人が毛糸を打ち込んでいく。4畳半大のラグに織り出された色鮮やかな「MOMIJI」(商品名)に、奥山氏も納得したという。その後も海、稲穂、桜、波など自然の風景の一部を切り取ったデザインが氏から提示されたが、それらはすべて見事な手刺しのラグに仕立て上げられたのである。
 「奥山さんとの仕事で新鮮だったのは、モチーフの選択や、大胆な色使いですね。伝統模様とか、『完成されたもの』にとらわれない考え方もあっていいと感じました。ただ、製作直前になって『ちょっと変えましょう』というメールが来たりして、そのこだわりに応えるのが一番大変でした(笑)」
 また、古今東西の名画や書を再現した「織画」、毛糸を長めに刺し、後から彫刻のように削り立体的に仕上げるカービング技法など、同社は独自の新たな技法も開発している。とかく守りのイメージが強い「伝統工芸」だが、伝統とはそれを絶やさぬよう、攻め続けてきたことの結果でもある。ベンチャーとして生まれ、今日まで度重なる危機を乗り越えてきた同社もまたしかりだ。
 「戦時中は贅沢品として絨毯は製造できませんでした。戦後は毛糸が手に入らず、葛の根の繊維で絨毯を織ったそうです。納品されたGHQ(連合国総司令部)が見事な出来に驚き、毛糸を回してくれたといいます」
 足で踏みつけられるという過酷な用途にもかかわらず、絨毯は手織りで100年、手刺しでも50年は持つ。伝統工芸とは本質的にタフでなければ生きていけないのである。

オリエンタルカーペット(株)

http://www.oriental-carpet.jp/

設立
1946年6月
資本金
4000万円
従業員数
35名(2009年12月現在)
ワンポイント
中国緞通の流れをくむ高級手織り・手刺し絨毯メーカー。手織り伝統技法による大型の絨毯を製作できるのは、同社を含め国内では2社のみである

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使用する毛糸はすべて同社の染色工場で染められている。工場内では試作品づくりから染料や染色方法の研究・実験、糸の強度試験に至るまで一貫して行っている

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デザインの原画はMacに取り込まれ、色ごとに分割された「設計図」にかたちを変える

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デザイナー・奥山清行氏とコラボレーションした「山形工房」ブランドのラグ

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戦後間もなく建てられたという本社工場。山形県の景観賞を受賞している

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手刺し絨毯の製作風景。女性職人がフックガンで毛糸を打ち込んでいく。この絨毯の柄は山形特産の紅花だ