受賞者紹介

きわめて高性能な海水淡水化用逆浸透膜エレメントの開発

東京都中央区(愛媛工場:愛媛県松前町)
東レ(株)
その他受賞メンバー
新井勉、大音勝文、荻原淳、片山智正、金森浩充、関隆志、富岡洋樹、秦野貞次郎、東雅樹
推 薦 者
水道機工(株)
顔写真

井上岳治  (40)
水処理技術部 メンブレン技術課長

すべての現象には原因があるはず。科学をもって深く追究することで、どんな難問も必ず解決に到達できる
summary

エネルギー問題、食糧問題と並び、水資源の枯渇や水質の悪化など、世界各国で「水問題」が深刻化している。今も、世界の水使用量は人口増加の2倍のスピードで増えており、15年後には35億人が水不足に直面すると予測されている。そんな地球規模の水問題解消に、高分子化学技術と透過膜生成技術を駆使して挑み続ける東レが開発したのが「海水淡水化用逆浸透膜エレメント」。海水を淡水化するだけでなく、下水や排水を飲料水レベルまで浄化する同エレメントを活用した画期的な水処理プラントは、中近東、アフリカを中心に世界各国で次々と採用されている。今では、1日当たりの造水量換算で約1400万㎥の水を再生、約6000万人の日常生活を潤している。

summary

RO膜エレメントの基本構造を変えずにホウ素を除去できないか?
基礎研究の見直しに着手

 急激な人口増加や産業の発展、温暖化などにより、今、地球上で様々な水問題が発生している。21世紀は「水の世紀」といわれるが、深刻な水不足は人々の日常生活を左右するだけでなく、紛争を起こす可能性をもはらむ。そんな問題の芽を摘むべく、多くの企業が、海水、汚水、排水を飲料水レベルまで浄化する技術開発を進めており、国内初のRO膜(逆浸透膜)メーカーである東レも、その一翼を担う代表的企業だ。
 「60年代から各国がRO膜の研究を始め、当社は68年に研究に着手。当初、膜の材質として『酢酸セルロース』を活用して製品化していましたが、90年頃から『架橋芳香族ポリアミド』を採用したRO膜エレメントの製品化をスタート。膜の操作圧が低いのでエネルギーコストをカットでき、塩分の阻止率も高いこの製品は、90年前半にブレイクし、出荷量が一気に増加していきました」と、RO膜の変遷を説明してくれたのが、開発責任者の井上さんだ。
 RO膜は、ポリエステル抄紙不織布、ポリスルホン支持層、架橋芳香族ポリアミドの三層構造で構成される。これに海水など供給水を流し込み、浸透圧以上の圧力をかけてろ過、造水する仕組みだ。低分子の有機物やイオンなどを分離することで、たとえば海水を淡水化し、安全な飲料水もつくり出すことができる。
 ところが00年以降、海水に含まれ、人体に悪影響を及ぼすホウ素の除去規制が叫ばれるようになる。そして04年、WHO(世界保健機構)が、「安全性を認める飲料水は、ホウ素の含有量が0・5㎎/L以下」とのガイドラインを発表……。
 「当社の先輩方が苦労してつくり上げたRO膜の基本構造を変えることなく、いかにしてホウ素を除去するか。実現のためには、基礎研究の見直しが必要と判断。何百種類もの架橋芳香族ポリアミドシート表面のポリマー分子構成を調整、チューニングし、膜透過実験を続ける日々が始まりました」

研究室での研究結果を売れる製品に仕立てるため、工場で再び実験を繰り返す

 結果、井上さんたちのグループは、陽電子消滅寿命測定法というナノレベルの非破壊分析技術を用いてシートの孔径を精密に計測し、ホウ素の除去率と孔径分布の相関を世界で初めて実証。この知見をもとに、サブナノメートルの精度で孔径を制御した「高ホウ素除去RO膜」の開発に成功する。
 「ただし、最初はA4サイズ程度のシートでの成功です。製品化には、幅1mで何千mもの膜を同品質で製造する必要があります。そのために、愛媛工場の現場スタッフと一緒になって生産ラインを活用し、何度もテスト製造を行いました」
 同時に進めたのが、生産、工務部門とチームを組んで臨んだエレメント自動組立機の開発だ。それまでは数十人の職人が手作業で膜を積層し、円筒状のエレメントを組み立てていたため、かなりの手間と時間を要した。手作業ゆえに、膜の接着層にムラが生まれる問題もあった。 「時間とコストを削減し、製品の品質を高めるためには、どうしても自動組立機が必要でした。苦労の末、完成したエレメント自動組立機は、従来に比べ6倍の生産効率を達成し、品質も格段に向上。この生産プロセスも非常に高い評価を得ています」
 研究開始から実用化まで、約10年を要した新たな高性能RO膜は、高いホウ素除去性能を発揮し、造水量は従来の約1・5倍を確保。00年以前、85~90%程度だったホウ素除去率も現在では約93%を実現し、95%も視野に入った。WHOが定めた数値を軽くクリアしている。さらに海水淡水化に用いられていた蒸発法に比べ、約5分の1の低エネルギーで高品質の水を得ることができるようになった。
 「自分で原因となる問題点を考え、苦労して答えを導き出した研究結果が世の中に貢献していることが最大の喜びです。仮説と検証の繰り返しはとても地道な作業でしたが、科学は自然法則に従ってくれるもの。解決策は必ず見つかると信じていました」
 同社のRO膜技術は、最近問題となっているヒ素や難分解性有機物の除去にも対応可能だという。東レは水処理事業を戦略的育成事業と位置付け、経営資源の重点投入を始めている。井上さんが手腕を発揮する場は、これまで以上に広がっていきそうだ。

東レ(株)

http://www.toray.co.jp/

設立
1926年1月
資本金
969億円
従業員数
7348名(2009年3月現在)
ワンポイント
多岐にわたる膜製品に対応した高分子化学技術力を武器に、水処理事業を戦略的育成事業とし、業界ナンバーワンを目指す

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自動組立機により製造されたRO膜エレメントのカットモデルと、エレメント内の断面。渦巻き状に巻かれた膜を透過し、濃縮水と透過水に分離される

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様々な用途に合わせ、適した水をつくり出すRO膜エレメントのラインアップ。ブランド名は「ROMEMBRA(ロメンブラ)」

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環太平洋最大のシンガポールの海水淡水化プラントを始め、中近東、アフリカなどが続々と採用。写真は、アルジェリアのハンマで稼働している大型海水淡水化プラント