食事の欧米化などに伴い患者数が増加し、近い将来胃ガンを追い抜くのが確実視される大腸ガン。手術で腸を切ったために肛門からの排泄ができなくなった時には、腹部に穴を開け、そこに残った腸の先端をつなげて肛門の代わりにする。出てくる排泄物やガスを受けるのが、ストーマ(人工肛門)である。オストメイト(人工肛門保有者)は、国内で年間約1万5000人ずつ増えており、累計15万~20万人に上る。 アルケアは、65年に国立がんセンターの要請を受けて、国産初のストーマ装具を開発したこの分野の草分けだ。その同社が08年に発売した新製品「セルケア2」は、腹部のストーマ周囲皮膚に皮膚保護剤と呼ばれる面板(吸水粘着性のシート)を張り、それにストーマ袋を装着する。製品パンフレットには、「オストメイトの皮膚を深く見つめて生まれた――」とある。 「面板を長時間張っていると、その部分に汗などの水分が溜まってはがれやすくなったり、カブレなどの皮膚トラブルを起こしたりすることがありました。特に、何度も"張ってははがし"を繰り返す刺激で、皮膚が傷むのが問題だった。実は、これらは皮膚に張るタイプのストーマ装具が世に出てからずっと言われ続けてきた、古くて新しい問題でした。何とかユーザーの不満を解消できないかと研究を進めてでき上がったのが、この製品。吸水性に優れ、ぴったりくっついているのに、皮膚にはやさしいのですよ」 とはいえ、「吸水性を高めることばかり考えて設計すれば粘着力は落ち、逆にはがれにくさを追求するとはがす時の皮膚への負担を高めかねない」。開発には、この相反する課題を、同時に克服する必要があった。高いハードルを越えるうえで最大の武器となったのが、セラミドである。 「セラミドは、表皮の一番外側にある角質細胞間を満たす脂質で、乾燥などから皮膚を守るバリアの役割を果たしています。みずみずしい肌にはたっぷり含まれていますが、荒れた肌には少ない。バリア機能がしっかりしていれば水分を閉じ込め、そうでなければどんどん外に出ていく。粘着性を持たせるために、剥離刺激などで皮膚に負担をかけることが避けられないのなら、このセラミドを配合して、常に肌の健康を保つようにすればいいのではないか。そう思い付いたのです」 皮膚の健康度を、そこから空気中に放散される水分量で評価し、さらに多くのモニターテストの結果も踏まえて、セラミド配合の皮膚保護剤は完成した。
人間の皮膚はよくできている。それだけに、ほかの何物かで代替することはできない。"はがし心地"の検討や、張る前後の皮膚状態の検査は生体で行うしかなかった。製品開発が佳境を迎えていた頃には、「張っていない日のほうが少ないくらい」、神原さん自身や同僚の腹に面板が装着された。中には、「はがす時に思わず『痛っ』と声を上げるような失敗作」も。試した皮膚保護剤の配合パターンは、優に100を超えたという。 新しい皮膚保護剤のほか、ガスをスムーズに抜き、目詰まりしてもすぐに通気性を回復できるフィルター、面板と袋の接合部分に汚れを付きにくくしたカバーなど、同製品には様々な工夫が凝らされた。利用者からは、「肌の調子が良くなった」「肌へのなじみが良かった」といった反応が。 「『ぐっすり眠れるようになりました』と、直々に電話がかかってきた時は嬉しかったですね。面版の縁が肌に当たって、寝る時に痛い思いをしていたというんです。肌にフィットするように、面板の素材を柔らかく設計したことで、想像していた以上の高い評価をいただきました」 それほど、「クオリティ・オブ・ライフは奥が深い」と神原さんは言う。 「ストーマは、単に排泄物を受ければいいというものではありません。その出来・不出来がオストメイトの生活そのものを決める。生活がかかっているのです。まだまだ、やらなければならないことがあるはず」 究極の目標は、「使っている人がストーマの存在を忘れ、手術前とまったく同じ生活を送れるようにする」ことだ。ハードルは、さらに高い。だが、その日を待ち望む人たちは確実にいる。
アルケア(株)
http://www.alcare.co.jp/index.shtml
- 設立
- 1973年5月
- 資本金
- 9000万円
- 従業員数
- 500名(2009年12月現在)
- ワンポイント
- 「医学と工学の融合」をコンセプトに、メディカルケア、ホームへルスケア、スポーツ&セルフケア用品の開発に取り組む
上部の丸い部分(皮膚保護剤)を人工肛門部分に張り、それに袋を装着する
装着部から発散される水分量を測定。少ないほど、バリアがしっかりした健康な肌