自動車用エンジンを構成するシリンダーブロックやクランクケースなど多くの部品は、ダイカスト製法でつくられている。ダイカスト製法は"たい焼き"の製法に似ていて、アルミなどの金属を高温で溶かし、金型に流し込み、冷やし固める製造法だ。 たい焼きでは生地が焦げ付かないよう焼き型に油を塗るが、ダイカストでも金型から製品がはずれやすいように離型剤(油)を塗布する。青木科学研究所は、そういった離型剤や潤滑油などを製造するメーカーだ。 「大昔は油性の離型剤を使っていたんですが、高温の金属に触れると発火しやすいので、40年ほど前から水溶性の離型剤が一般的になっていました」 水溶性離型剤といっても、油分がなければ金型から製品をきれいにはがせないので、微量の油が混ぜてある。これを高温になった金型に塗布すると、水分が蒸発し油分が残るという仕組みだ。 しかし、現実にはそううまくはいかない。熱したフライパンに水を落とすと何が起きるか。普通はジュワッと水が蒸発するが非常に高温の状態では水は玉状になって表面をコロコロ転がり、蒸発しなくなる(ライデンフロスト現象)。溶かしたアルミの温度は650度前後で、それに触れる金型も300~400度という高温になるため、水溶性離型剤をかけると、金型上でライデンフロスト現象が起き、油分が付着しなくなって焼き付き不良を起こす。 「どう防ぐのかというと、離型剤を大量に浴びせて金型を冷やすわけです。それが40年来、当たり前だった。しかし、製造現場でジャバジャバかけているのを見るうち、すごく効率が悪いように思えてきた」 常識を疑うことが発明の第一歩である。油を塗布するのが目的なのだから、初めから油をかければいい。引火しない溶剤を使えばいいだけのことだと気づいた。 業界内では「金型は鋳造するたびに冷やす」が常識。しかし、冷やすのは離型剤の水分を蒸発させ油の皮膜を付けるためで、水分がなければ冷やす必要はなかったのだ。 04年に油性離型剤の研究に着手し、翌年には第1世代の製品が完成。離型剤が水溶性から油性に変わったことで、驚くほど多くのメリットが生まれた。 「金型を表面から冷やす必要がなくなったので、塗布量が1000分の1になり、大量に出る廃水の処理も不要になった。金型に残った水分をエアブローで吹き飛ばす工程も不要になって約10%の時間短縮が実現し、水残り不良もなくなった。しかも金型寿命を大幅に延ばせることもわかりました」 なぜ金型の寿命が延びるのか。従来製法では、1回鋳造するごとに金型は急激な温度の上昇と下降を繰り返すことになり、それが原因で2万回程度鋳造するとひび割れが発生していた。しかし、油性離型剤への転換で、金型表面の温度変化の振幅がきわめて小さくなったからだ。
このように油性離型剤はいいことずくめだったが、ひとつだけ課題が残った。以前より塗布量が激減したので、一部の複雑な形状の金型で、直線的なスプレーでまんべんなく油が行き渡らない場合があったのだ。 「この問題を解決するため、塗料業界で使われている静電塗布という技術に着目しました。離型剤を帯電させ、ソフトに噴霧し、静電気によって金型に吸着させれば、スプレーで当たらないところにも塗布できる」 しかし、油性離型剤はほぼ絶縁体で帯電しない。そこで、油性離型剤に微量の水を含ませ、噴霧時に高電圧をかけて帯電させる方法を考案した。従来の水溶性離型剤が水溶液に微量の油を混ぜていたのと、ちょうど逆の発想の製品にしたわけだ。 こうして、第2世代の製品が07年9月に完成。すでに第1世代の油性離型剤は、トヨタや本田技研工業などの自動車関連メーカーのほか100社以上で使われ、第2世代の製品も徐々に売り上げが伸びている。 「金型の寿命がどこまで延びるかはまだテスト中ですが、『製品の製造終了まで金型を交換せずにいけそうだ』とおっしゃっているお客さまもいらっしゃいます」 「離型剤」という世の中ではほとんど知られていない製品が、日本メーカーの競争力を高めるのに大きく貢献しているのだ。
(株)青木科学研究所
- 設立
- 1927年2月
- 資本金
- 4000万円
- 従業員数
- 19名(2009年12月現在)
- ワンポイント
- 「ルブローレン」ブランドの高性能エンジンオイルやギアオイル、ダイカスト用離型剤、潤滑剤、切削油などを製造販売
右の缶(水色)が第1世代の塗布離型剤で、左の缶(緑色)が第2世代の静電塗布用離型剤。これまで水溶性離型剤は、同じ容量を約50~100倍の水で希釈して利用していた
スプレーガンの先端部分で約6万Vの電圧をかけて、油性離型剤に微量に含まれる水を帯電させる
スプレーをソフトに噴霧し、スクロールさせることで、金型の隅々にまで離型剤を行き渡らせる