受賞者紹介

脳神経外科手術を画期的に飛躍させた手術用顕微鏡とそのスタンドの設計・開発・事業化

東京都三鷹市
三鷹光器(株)
その他受賞メンバー
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推 薦 者
三鷹市
顔写真

中村勝重  (65)
代表取締役社長

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ロケットや衛星に搭載される宇宙観測機器や、三次元測定装置などの産業機器を数多く手がけ、それにより培った技術を医療分野に応用。88年、脳神経外科手術用の顕微鏡開発に成功したのを皮切りに、常に「現場」に立った発想で、世界中の脳外科医から高い評価を得る医療機器を設計・開発してきた。中でも、機器本体を医師の背後に置き、医師が動きやすいよう頭上から顕微鏡を保持する「オーバーヘッドポジショニングスタンド」は、格段に手術環境をアップさせた。90年、ライカマイクロシステムズと技術提携することにより、世界市場に向けて販売開始。現在、アメリカ市場では同社製品が約50%のシェアを占める。近年は、環境対策を考え、CO2 を排出しない太陽熱発電・海水の淡水化システムを開発中である。

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まんが

――三鷹光器の発祥は、天体望遠鏡のメーカーだとか。

 そうです。天体望遠鏡といっても特殊なもので、たとえば南極のオーロラを見るための望遠鏡や、ハレー彗星のように別軌道で回っている天体を追いかける望遠鏡とか。宇宙観測機器も数々つくってきましたが、オゾンホールを解明するためのオゾン検出器、ブラックホールを発見したX線望遠鏡なんかも私が設計したものです。父親が、今の国立天文台の創立に携わったので、子どもの頃から天文台が遊び場でね、ずっと望遠鏡を見て育ちました。どうやってつくったんだろう、そんなことばかり考えていました(笑)。ものづくりへの強い関心はここではぐくまれたし、天文機器は原点であり、教科書なんですよ。

――それが医療分野に進出……。

 宇宙で培ってきた技術を”地上“に降ろし、何かに役立てないかと。それが医療分野に参入したきっかけです。意外かもしれないけれど、基本原理は望遠鏡と同じ。そのひとつがオートフォーカスで、我々にはその高い技術がある。それを生かしてまずつくったのが、脳神経外科手術に不可欠な手術顕微鏡です。海外で特許も取ったポイントロック(位置決め)機能を仕掛けた「シグナス」というのが第1号機。脳外科手術は出血との戦いで、バキュームで血を吸うたびに顕微鏡を動かすのですが、従来の製品ではいったん動かすとピントが逃げてしまう。シグナスはピントが合ったままの状態で脳の周りを自在に動かすことができるので、「一度術野をとらえたら逃がさない」と、ドクターから非常に高い評価を得たわけです。それを全世界に向けて量産を開始したのが90年。パートナーとして選んだのが、世界中に販売網を持つライカ(当時ウイルド・ライツ社)です。

――ずいぶん巨大な相手と(笑)。

 「三鷹の特許技術を使って製品をつくってもいいという話なんだから、相手は喜びます(笑)。契約に当たってはいくつか条件を提示しました。ライカと三鷹の社員が互いの現場に自由に出入りできること、取り引きは円建て、製品保証はライカが持つなどです。これは、パテントを持っていないと勝負できない話ですが、これからは中小と大手企業が手を携えていく時代です。我々が持つ技術力と大手が持つ市場やたくさんの人材・資金が共同すれば、1プラス1が3になる。ノウハウは教えないけれどパテントは武器として公開する、これが私の方針で、そこまでやってものづくりなのです。

――開発されている医療機器はどんどん進化していますね。

 OH(オーバーヘッド)スタンド方式の顕微鏡、この開発も世界中のドクターから喜ばれています。機器本体を執刀医の背中側に置いて顕微鏡が頭上からぶら下がってくるようにしたもので、これでドクターはうんと動きやすくなった。大きな機器が手術台の横にあったら邪魔でしょ。ナースの動線も悪い。そういう使い勝手は、私自身が何度も手術現場に立ち会っているからこそわかることです。現場の「困った」や苦情に耳を傾ける、製品開発の基本はここにあります。だから、私の口グセは「設計図は現場にあり」。

――まさに、人のためになるもの。人々の命に貢献しています。

 04年に完成した高解像度立体視顕微鏡「MM50」は、世界の外科手術を変えてしまうほどの機器です。最高倍率50倍。顕微鏡を使った手術では、それまで0.5mmの血管吻合(ふんごう)が限界だったのが、これで0.05mmの血管までつなげるようになった。たとえば、皮膚移植などの微細な手術ができるようになったわけです。「三鷹の機器があったからこそできた」と言っていただいたり、患者さんの喜ぶ声が何より嬉しいですね。ほかにも、これまで実像として見えなかったガン細胞と健常部位との境界を、クリアにしながら手術できるようにした蛍光顕微鏡も開発しています。ガン細胞を適正に取りきることができれば、生存率は上がるし再発防止にもつながる。私たちがつくりたいのは、「便利なもの」ではなく「なくてはならないもの」なのです。

――それが、中村さんのものづくりの理念ですね。

 無からつくってこそ「ものづくり」。加えて社会や人々の役に立つものでなければなりません。技術の高度さを競うばかりでは意味がない。とにかく困っている人を助けたいというのが基本理念です。発想の源は「よく見ること、よく観察すること」。そして「なぜ? どうして?」の感覚を持ち続けることです。そういう意味では、純粋な視点を持つ小学生が天才予備軍なんですよ。私は、開発に行き詰まると頭をカンブリア紀まで戻します(笑)。この時代、神様がいろんな試作品をつくっていたような気がして……ものづくりの神髄があるように思うから。

三鷹光器(株)

http://www.mitakakohki.co.jp/

設立
1966年5月
資本金
1000万円
従業員数
50名(2009年12月現在)
ワンポイント
天文・産業・医療・太陽エネルギーの分野で、独自の発想と精密技術をもとに多彩な製品を開発。特許数は国内50、海外100

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83年、宇宙科学研究所のSEPAC計画に参加。大手テレビ製造企業を押さえ、NASAは三鷹光器の高感度カメラをスペースシャトル「コロンビア」に搭載することを決めた。写真は、その時のモデル

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中村さんが起こした製品スケッチ。すべて手描き。頭の中で瞬時に製品像が浮かぶそうで、実際のでき上がりは”絵のまま“になるから驚く。仕様書の束は不要で、「絵は国境を超える。これひとつで間違いなくイメージが共有できる」。絵描きになりたかったという中村さんの真骨頂だ

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「オーバーヘッドポジショニングスタンド」を始め、同社の製品には高い操作性への工夫と利用者への思いやりが込められている。現在、医療機器の製品群は25アイテム以上。月間平均20台の医療機器が、この三鷹市の工場から世界中に出荷されていく

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この工作ルームでは、社員が存分に好きなものづくりができる。何をつくってもいいし、土日も自由に使える。ただし、CADマシンは課長以下には使わせない。コンピュータはあくまで道具であって、「頼っていては創造力を失う」というのも中村さんの信念だ