受賞者紹介

J-PARC大強度陽子加速器の内表面への無酸素銅電鋳と電解研磨の適用

京都市上京区(岐阜安八工場:岐阜県安八町)
旭金属工業(株)
その他受賞メンバー
松岡高明、吉田崇
推 薦 者
旭金属工業(株)
顔写真

辻本克也  (45)
プロセス技術部 部長

初めて扱う製品なのに一発勝負で結果を出さなければならない。プレッシャーとの闘いだった
summary

素粒子の加速器は、宇宙誕生の謎を解き明かす原子核物理学やナノレベルの物質研究などで利用されているが、質量の小さい電子の加速器と比較すると、重い陽子を光速近くまで加速する陽子加速器は、大電流で強い磁界を発生させる必要がある。茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構J-PARCセンターで建設された大強度陽子加速器には、極限まで電気抵抗を小さくし、熱の発生を抑えるため、加速空洞(リニアック:直線部分)の内表面に無酸素銅電鋳と電解研磨という処理が施されている。その処理を担当したのが旭金属工業であり、その卓越した技術力により、J-PARCの大強度陽子加速器は世界的にもトップレベルの性能を実現した。

summary

重さ3tの加速管に純銅を電鋳するという未知の領域に挑む

 原子核物理学の世界では、電子や陽子などの素粒子を光速近くまで加速して衝突させる実験のために加速器が利用されている。日本でも高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構の共同で、茨城県東海村のJ-PARCに大強度陽子加速器が建設され、07年に試験運転が始まった。
 この加速器の性能を左右する要素は様々あるが、加速管の内表面の状態が非常に重要なのだという。
 「質量が小さい電子とは違って、重い陽子を加速するには加速管に大電流を流して強い磁界を発生させる必要があります。そのためには、加速管の内表面の電気伝導度を極限まで高めて発熱を抑え、鏡面のように磨き上げて磁束を整えなければなりません」
 同社は96年に試験研究を開始し、その実績が認められてJ-PARCの大強度陽子加速器の加速空洞(リニアック:直線部分)の内表面の処理を引き受けることとなった。
 「電鋳」とは、簡単に言えば「厚い電気めっき」のこと。金属イオンが溶けた溶液に対象製品を漬け、その製品を陰極として電流を流し、製品表面に金属イオンを還元して薄く積層させるのが電気めっきで、厚く積層させるのが電鋳である。無酸素銅電鋳というのは、無酸素銅レベルの高純度の銅を電鋳するということ。
 「通常の光沢銅電鋳では表面に有機物が残ってしまい、加速空洞内を真空化する時に有機物がガス化して不純物となります。しかし、無酸素銅電鋳では有機物を使わないので、ガスの発生がなく真空化が容易になるのです。さらに今回の無酸素銅電鋳を使うことで、従来の光沢銅電鋳より電気伝導度を1・3倍に高めました」
 大電流を流す加速管は発熱するので、内部に水を通して冷却する。この時、冷却水は放射線を浴びるため適切な排水処理が必要になるが、加速管の電気伝導度が高い(電気抵抗が小さい)と発熱が減るので、冷却水は少量で済むようになるのだ。
 加速管はひとつが直径3m、重さ3tある管を直列に9本、そして直径1・5m、重さ1・5tの管を直列に20本つなげて1本のトンネルにする。しかし、3tもある物体に対する銅電鋳は、同社にとって一度も経験したことのない作業だった。
 「そもそも、そんな巨大なものを沈める水槽が弊社にはなかった。だから、新規に専用工場を建設するところから始めました」
 対象物が巨大すぎることが、このプロジェクトの最大の課題だったのである。

ひとつしかない試験用ダミー。失敗が許されない作業を4年間で完遂

 水量15tの巨大水槽を建設し、専用治具を製作して加速管をつり上げるクレーンも設置するという、従来とはまったく次元の異なる大がかりな設備が必要となった。
 一般的な小さな製品では、何十個ものダミーで試してベストな方法を検証できるが、今回の加速管は物が大きいため、試験用ダミーはひとつしか用意されなかった。
 「試験用ダミーを試す時は、ほぼ技術が完成した状態でなければならない。ほとんど一発勝負で結果が求められたので、プレッシャーはかなり大きかったですね」
 しかも加速管への作業は銅電鋳だけではない。加速管の内表面は滑らかであるほど磁界の発生が整えられるので、鏡のように研磨するのだが、研磨剤などで磨くレベルでは足りないので電解研磨という手法を用いる。電鋳の時とは逆方向に電流を流して、電鋳層の表面を溶かして滑らかにする手法だ。この電鋳から電解研磨までを一連の作業として遂行するのである。
 幸いにして、試験用ダミーでの実験は一部不具合があったものの、本作業では修正可能なレベルだった。00年4月、いよいよ実機加速管への適用が始まった。ひとつの加速管の作業で約4週間。すべての作業が終了したのは4年後の04年10月だった。
 「大きなミスもなく、すべて完了した時は本当にホッとしました。現在、加速器の試験運転がすでに始まっていて、J-PARCの先生方からは『海外の加速器よりはるかに性能が高い』と感謝され、それが一番嬉しかったですね」
 故・湯川秀樹博士が素粒子理論でノーベル賞を受賞した頃から日本の原子核物理学は世界の先端を走っているが、それを陰から支えているのが日本企業の技術力である。

旭金属工業(株)

http://www.akg.co.jp/index.htm

設立
1948年6月
資本金
9950万円
従業員数
225名(2009年12月現在)
ワンポイント
76年から航空機や宇宙関連の部品の表面処理業(めっきや電鋳)を拡大。現在は、新エネルギー分野においても研究開発を進めている

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加速管の銅電鋳のために建設した水量15tの水槽は、現在では別の製品用途で利用されている

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陽子は円柱部分の中央の穴を進み、その周りのコイルが発生する強力な磁界で加速される。上部に見える筋は冷却水の通り道で、電鋳時にロウを張り付けておいて道筋をつくる

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加速管の内表面は0.6mmの厚さで純銅が電鋳され、電解研磨によって鏡面加工されている。研磨材で磨くより滑らかになる