山口県山口市
山口県繊維加工協同組合
岡部 泰民(59) 専務理事 「JFDC in 山口」実行委員長 匠山泊代表
【推薦者】山口県中小企業団体中央会
デニムファッションコンテストなどを通じて
若手デザイナーを発掘・育成
山口県繊維加工協同組合
“Made in JAPAN“をテーマに全国の大学、短大、服飾専門学校の学生が参加する「ジャパン・ファッションデザインコンテストin山口」を、00年より毎年開催。01年から「日本のデニムは世界一」をサブテーマに掲げ、素材入手の地方格差をなくすと共に、日本製デニムの品質の高さを広く認識させた。さらに、服飾業界と引き合わせの場となる作品発表会への推薦・紹介などといったフォローアップを行うなど、人材発掘から自立まで一貫した人材育成を実践。また「ファッションデザイナーズバンク」「ファッションマイスターバンク」も設立し、ものづくりのサムライたちが地域や組織を超えて結集したプロジェクト「匠山泊」から製品も販売。デザイン・クオリティー・素材の三位一体による純日本製の魅力を国内外に広めた。
日本が誇る素材とクオリティーの高さ。
ここに独創的なデザインが加われば、
世界に勝てる試合ができる

スペインで見た日本の未来。そして輸入量制限撤廃まで あと5年という危機感

 日本の若手クリエイターの登竜門とも、世界最大規模とも称される「ジャパン・ファッションデザインコンテストin山口」。そのステージの華やかさとは裏腹に、コンテストの仕掛け人・岡部さんを突き動かしたのは、迫りくる危機感からだった。
 「99年の暮れに、衣料業界の視察でスペインを訪れたんです。ちょうど日本では、繊維産業だけでなく多くの企業が中国へ工場進出を始めた頃でした。すでに産業の空洞化が始まっていたEUの現状を見れば、日本の未来も見えるだろうと思っていましたが、予想以上に大ショックでした」
 その数年前、フランスのアパレル業界は安い労働賃金を理由に、こぞって工場をスペインへ移設。岡部さんが訪れた時、ファッション王国だったはずのフランスの業界は衰退し、一方、スペインでは新しい企業や人材が育ち、立場は逆転していたのである。これは、未来の日本と中国を暗示していた。しかも日本の繊維業界にとって大打撃となる輸入量制限撤廃(クオーターフリー)の発効は05年、あと5年に迫っていた。
 岡部さんが専務理事に就いたのは、スペイン視察に出向く半年前のこと。中国への工場進出が広がる中で共同組合存続の必要性が問われ、解散動議が提出されたのがきっかけだった。先人たちが熱意を持って設立し、続けてきた組合活動を我々の時代で終わらせていいのか。岡部さんは反対動議を提出。その結果、解散は免れたが、なり手のいない専務理事に無給で就任したのだ。
 「大変な時期に専務理事になったなぁと(笑)。EUの現実と輸入量制限撤廃のダブルパンチで、このままでは日本はまずい、何かしなければ・・・・・・でも我々は弱小組合で資金もない。身の丈で何ができるか。日本のクオリティーと素材は国際評価が高いのに、製品輸出シェアはわずか2%。なぜだと考えるうちに、今の日本には独創的なクリエイターが足りないと気づいたんです。日本のデザインは結局、欧米の焼き直しにすぎない。それじゃ世界市場で勝てるわけがないし、ニーズがないところに人が育つわけもない。誇れるクオリティーと素材に、日本の伝統文化を踏まえた独自のデザインが付加されたメイド・イン・ジャパンならば、きっと世界で勝てる。人材育成に尽力しよう、まずは人材発掘、コンテストだと思ったわけです」
 しかし反対の声も多かった。このご時世にそんな発想は時代錯誤だ、山口の組合ならメイド・イン・山口だろう、人材育成は地元を優先すべきなどなど。だが、岡部さんは貫き通す。ただの地元の祭りでは意味がない。必要なのは即戦力となる少数のヒーローではなく、将来、世界に挑める資質のある人材を発掘し、日本全国に未来の種をまくことなのだ、と。

 

経験と実績は地元の財産、発掘した人材は日本の資産。その総力で狙うは世界市場

 一般的なコンテストで最終選考に挑めるのは20名ほどだが、岡部さんは5倍の100名とした。輸入量制限撤廃まであと5年、通常の5倍はコンテスト25回分に匹敵するとの計算だ。審査員は日本を代表する国際的な著名人に依頼。さらに2回目以降、最終選考者には無償で生地を提供してくれるよう、国内デニムメーカーに協賛を依頼。応募者数は回を重ねるごとに増加し、全国規模の大イベントになっていった。
 「地方というハンデを抱えながら、みんなで苦労して、汗かいて、コンテストをここまで大きくしてきました。審査員以外、コンテストの裏方は全員が地元・山口の人たちです。こう有名になると、都会の大きなイベント会社と組めば、と言う人が出てくるけれど、私は耳を貸しません(笑)。この山口で、地方でこれだけのイベントができると証明してきた仲間ですからね、連帯感はすごくありますよ」
 06年には、日本を代表する異分野の職人と若手デザイナーを連携させた「匠山泊」を設立。
 「サッカーにたとえると、ナショナルチーム。これは日本市場向けのブランドではなく、世界を視野にしたプロジェクトです。同時に、日本のものづくりを活性化させるためでもある。ものづくりにかかわる人間には、社会情勢や環境変化に惑わされず、時代に合わせて考えながら、果たすべき役割があると思うんです。日本のものづくり文化を次代へ伝承する、リレー選手としての役目がね」
 山口でまいた種は今、日本各地で芽を出し始めた。ドン・キホーテと呼ばれたこともあったと笑う岡部さんの照準は、初志貫徹で揺るぎない。“強い日本“を信じ、世界市場へと着実に前進している。

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