長野県諏訪市
エプソンインテリジェンス株式会社
河野 満(59) 技術教育サービス グループ
【推薦者】諏訪市教育委員会
小中学校における
「ユーザー視点のものづくり」教育の実践
エプソンインテリジェンス株式会社
小中高生の時から職業意識を醸成させることを目的に、同社は「諏訪版キャリア教育『ユーザー視点のものづくり』」事業をスタート。民間コーディネーターとして、諏訪市教育委員会と共同でプロジェクトを推進してきた。関係各所への提案書や報告書の提出、教師向け指導書・生徒用テキストの作成から地元企業を中心としたサポーター制度の運用、メッセでの展示や販売体験サポートなど、一貫した体制を構築。諏訪市内の全小中学校の全児童を対象に、ものづくり教育を実践している。さらに「ものづくり教育奨励基金」の活用、ものづくり教育の普及、教育特区申請の検討など、その幅広い活動範囲は成功モデルケースとして全国から注目されている。
すべてのものづくりは、
“誰かのために”から始まる。
その基本姿勢を身につけてほしい

ただ、つくるだけではない。使う人の視点に立った付加価値あるものづくり

 ものをつくるということは、どういうことなのか。エプソンインテリジェンスが提案した「諏訪版キャリア教育」は、そんな基本的な姿勢や意識を問いかけるところから始まる。コーディネートを担当した河野さんは、こう定義する。
 「ただ、自分がつくりたいものをというのではなく、使う人の立場でものをつくる、それが『ユーザー視点のものづくり』なんです」
 学校時代の図画工作の授業を思い出してみてほしい。誰でも、自分のためのものづくりはしたことがあるだろう。だが、ほとんどの場合は、つくって終わり。与えられた課題をこなすというのが、実際のところではなかっただろうか。このプロジェクトが目指したのは、高い付加価値のあるものづくりだ。
 「誰のために何をつくるのかを、まず考えます。ターゲットにしている人の要望を聞き、自分なりに考え、アイデアを出してつくる。そして、それを実際に使ってもらって、どうだったのかというフィードバックをもらう。子どもの時から、そういう付加価値の高いものづくりを継続的に実践していくという取り組みなんですね」
 ユーザーとのやりとりを積み重ねることで改善・改良を繰り返していく。それはそのまま、世界で勝ち抜くための日本のものづくりの本質。生徒たちの作品は、諏訪圏工業メッセで展示されたり、チャレンジショップで販売されたり。そうした経験を通じて、初めは教師や家族など身近な人たちが中心だったターゲットを、一般の人たち、さらにいえば広く世の中へと向けていくのである。
 「チャレンジショップでの販売体験では、販売方法、包装、価格の設定まで、全部生徒たちが考えるんです。公開授業に行くと、生徒らは自分たちで役割を分担して、分業体制で作業を進めていたりするんですね。ものづくりやビジネスの仕組みが、自然に身についていくんです」
 こうしたやり方については、当初、「教育現場に企業の考え方を持ち込むのはどうか」といった声もあったという。河野さんたちスタッフは半年ほどかけて、市教育委員会を始め、市経済部商工課、地元企業、地元の金属加工や木工の匠、市内の小中学校など関係各所に足を運び、ていねいに説明して回った。

 

ものづくりのサイクルが学校の授業で得た知識を知恵に変える好循環を生む

 「教育長の英断で、学校の理解を得ながら授業に取り入れてもらいました」との言葉どおり、モデル校を設定して試験的に導入するといったこともなく、諏訪市内11の全小中学校で一斉にスタート。05年度から約4500人を対象に、ものづくり教育が実施されている。
 「戦前から日本の製糸業の中心地だった諏訪は、ものづくりの歴史がもともと根付いている土地柄なんです」
 40年代以降の時計やカメラなどの精密機械、電気機械工業、そして現在では、情報・電子機器工業。地場のセイコーエプソンは、諏訪のものづくりの歴史を受け継ぎ、発展させてきた企業でもある。河野さん自身、セイコーエプソンで時計の設計や液晶テレビなどの商品化に携わり、米国市場での商品化業務も経験してきた。そのことが、周囲にプロジェクトを理解させるうえでの説得力にもなった。
 「イメージ画や図面、展開図を描いたり、アイデアをかたちにするには算数や理科的な知識が必要になることもあります。ものづくりは様々な教科を学ぶ動機付けにもなるし、その知識を知恵に変える応用力も養われるのです」
 ものづくりの様々な工程を経験することで、生徒たちは自分の得意なこと、他人の得意なことを認め合えるようになるからか、実施校からは「いじめ対策にも効果があるようだ」という声も。
 「ものづくりはコミュニケーションなんです。自分中心ではなく、使う人のことを考える。思いやりや気配りっていう“相手意識”が身についてくるんだと思いますね」
 現在は、市内の中学校でこんな「ユーザー視点のものづくり」授業が行われている。同じく市内の障害児通園施設から要望を聞き、アイデアを出しながら東屋をつくってプレゼントするというものだ。さらに、近隣の岡谷市や箕輪町でもプログラムの導入が進んでいる。
 「モノだけではなく、世の中すべて、たとえばサービスも“誰かのために”つくられているんです。どんな仕事にも、それは共通している思いなんですけどね」と河野さん。そんな考え方は今、ものづくりを通して、着実な広がりを見せている。

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