北海道小樽市
特定非営利活動法人 北海道職人義塾大學校
佐々木 徹(65) 理事長
【推薦者】小樽市産業振興課
異業種の職人集団が指導する、
ものづくりの実体験を通じた青少年への教育支援事業
特定非営利活動法人北海道職人義塾大學校
学校教育法でいう「大学」ではなく、民間有志による塾という位置付けのNPO法人。廃れゆく職人仕事の魅力を社会に再認識させると同時に、高齢化の進む職人の後継者となる若い世代の育成を目的に設立された。道内を中心に全国各地の様々な業種の職人を会員とし、入門志望者に修業の場を提供すると共に、独立を積極的に支援している。さらに年少の世代への啓蒙活動として、毎週末、異業種の職人たちが小中学校を訪れ、ごく初歩的なものづくりの技を教える製作体験事業を実施。年間受講者は道内115校・6000人に及ぶ。また、つくった製品を一般の人々に販売するという経験を通じて、幼少期から職人に不可欠な起業家意識をはぐくむための「キッズベンチャー事業」や、工業高校における技術指導なども行っている。
職人は、ものをつくるだけの人ではない。
独立自尊の起業家であることを、
次の世代に伝えていきたい

過酷な自然環境の中、独自の発展を遂げた北海道の職人文化

 日本の職人たちは長い歴史の中で独自の技法を完成させ、その技を後継者に伝えてきた。しかし、北海道の職人文化だけは、本州とは異質であると佐々木さんは語る。
 「何しろ自然環境が過酷。特に冬の寒さは開拓民の想像を絶してい た。だから、生き抜くために必要な道具づくりが原点になったんです。中には国内初の製品も数多くある。かの榎本武揚はロシアからストーブを持ち帰り、日本で初めて当地の職人につくらせています。歴史が浅かった分、権威にとらわれず自由にできたんですね」
 加えて、人手が少なく大勢で分業ができないため、ひとりで何でもこなす必要に迫られた。それが人件費を抑え、製造コストを下げる効果を生んだ。結果、製品価格も安くなり、北海道の工業製品の競争力を高めたのである。しかし、そんなたくましい北海道の職人も、後継者不足と高齢化、そしてアジアから大量に押し寄せる安い工業製品には勝てない。こうした状況下の92年、小樽市で「小樽職人の会」が創設された。業界団体に属さない、ひとり親方の職人たちを集めたこの会の代表が、自身も花火職人という佐々木さんだった。
 「実は、異業種の職人団体というのは日本で初めて。業種が違うから、同業者=ライバルの集まりである組合では話せない、自分の技の秘密まで、包み隠さず語り合える。それがいいというので、メンバーも増えていったんですな」
 会では小樽職人の技をPRするため、作品展や実演販売などのイベントを行うようになった。活動は道外にも広がり、99年には「全国職人学会」を設立するまでになる。この学会のもと、若い世代の職人を育て独立を支援していく目的で設立されたのが、NPO法人「北海道職人義塾大學校」である。学校といっても校舎があるわけではない。会員の職人さんたちの協力を得て、職人志望の若者に技を教えていこうというものだった。
 「最初は徹底して技術中心のカリキュラムを組んで、3年で独立させようと考えていました。ところが、そうはいかなかった。ものをつくるだけなら雇われの立場でもできるんですよ。でも、現実には販路の開拓や、バイヤーと交渉する能力なども必要。職人の親方というのは独立自尊の起業家だったのだと、改めて気づいたんです」
 それ以後、入門志望者には会員を親方として紹介し、10年で独立させることをメドに、職人の仕事を総合的に学んでいくというスタイルが確立したのである。

 

「ショクニンって何?」。小学生の質問が生んだすそ野を広げる活動

 まだ「小樽職人の会」として活動していた頃、ひとりの小学生が言った。「ショクニンって何?」。
 「ショックでしたね。今の子は、『職人』を知らないのかと。いや、それどころか、仕事をすることの意味すらわかっていないのではないか? 職人育成も大事だが、もっと小さい頃から仕事に対する意識付けをするような、すそ野を広げる活動も必要だと気づきました」
 ここから小中学生に対するアプローチが始まった。小樽市のある中学校の生徒たちには、こんな課題を出した。「職人さんの指導を受けながら、自分たちで小樽をPRするお土産品をつくり、修学旅行先で売る」。しかし当初、中学生たちは真剣ではなかった。
 「彼らは100円ショップのイメージで、『100円で売れるようなものなんて、簡単につくれる』と、なめてかかっていたんです。だから、職人さんに対する態度もぞんざいになってしまった。それが、87歳の親方の逆鱗に触れましてね。1日目はお説教ですよ(笑)」
 ところがいざやってみると、うまくできない。1日で終わるつもりが、毎日老職人のもとに通うことに。しかし、そこで教えを請いながらつくると、素人仕事とは明らかにレベルの違う、人に売っても恥ずかしくないものができ上がってきたのである。自然と礼儀も正しくなっていった。
 「尊敬と共に、新鮮な驚きがあるんですね。自分のおじいちゃんはもう年金暮らしなのに、職人さんはまだかくしゃくとして仕事をしている。職人さんのほうも子どもたちに教えることで元気になった」
 週末には職人たちが道内の小・中学校を訪れ、子どもたちにものづくりを指導する「製作体験」も開催。「この中から、将来ひとりでもふたりでも職人に・・・・・・」というのが、佐々木さんたちのささやかな希望だ。だが、たとえ職人にならなくても、この体験は子どもたちに「自分の力で食っていく」ことの大切さを考えさせる契機となるに違いない。今、彼らに伝えたいのは「職人の仕事」ではなく、「職人という生き方」なのだ。

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