東京都港区
日本板硝子株式会社
皆合 哲男(39)京都事業所/BP事業本部 BP研究開発部 機能硝子技術領域 主席技師
【その他の受賞メンバー(五十音順)】●日本板硝子/浅野修、加藤英美、加藤浩昭、高本嗣久、
堀口直人、●日本板硝子スペーシア/碓氷環、草谷拓也
【推薦者】種村榮
真空複層ガラス量産化のための製造技術開発と商品化
日本板硝子株式会社
外気温と室内の温度・湿度の差が引き起こす結露は、カビや腐食など住宅の劣化を引き起こす。この結露の原因である窓ガラスの断熱性の低さを解消するため、同社が94年からシドニー大学と共同開発を始めたのが、世界初の真空複層ガラス「スペーシア」である。2枚のガラスの間にわずか0.2mmの真空層を設けることで、1枚ガラスの約4倍強、また空気層で同じ効果を狙った一般的な複層ガラスの約2倍強という断熱性能を実現した。結露を防ぐと共に、冷暖房効率もアップするというエコガラスである。商品化に当たっては精密工業分野の様々な要素技術を集約した生産システムと、「サイズが大きいとたわむ」「加熱・冷却に敏感」といったガラスの複雑な性質を熟知した、同社の豊富な技術蓄積が決め手となった。
アイデアは20世紀初頭からあったのに、
誰も商品化できなかった。それを実現した
製造技術には、発明に等しい価値がある

0.2㎜の真空層を密封し、品質を保持する。精密かつ複雑な構造の窓ガラス

 冬場や梅雨時の窓ガラスの結露はいやなもの。放置すればカビを呼び、家の劣化を早めてしまう。結露を防ぐには、窓ガラスが外気温を伝えないように断熱すれば良い。そこで生まれたのが、2枚のガラスの間に空気を閉じ込めた複層ガラス。しかし、空気といえども熱は伝えるので、最低でも6㎜の層が必要となる。日本の一般的なガラスの厚みは3㎜なので、全体では厚さが12㎜になってしまう。取り付けるには、専用のサッシかアタッチメントが必要だった。
 より薄く、より高い断熱性を求めるなら、魔法瓶のように真空の層をつくるのが一番だ。そのアイデア自体は、20世紀初頭には存在していたのだが、技術的な問題から実用化されることはなかった。だが89年、シドニー大学のリチャード・コリンズ教授が、ついに真空複層ガラスのサンプル製造に成功したのである。真空層の厚さはわずか0.2㎜。ガラス全体でも厚みは6.2㎜にすぎず、普通のサッシにそのまま収まる。その商品化のためのパートナーに名乗りを上げたのが日本板硝子であり、プロジェクトに参加したのが皆合さんだった。
 「まずは実験室でサンプルの再現から始めました。中が真空ですから、ガラスは常に1㎝2平方当たり1kgの大気圧で押されている状態。この圧力に耐えるため、2枚のガラスの間にマイクロスペーサ (支え)を入れてやる必要があります」
 素材は強度とコストを考えて一般的な金属にした。その直径は0.5㎜、高さは0.2㎜。このマイクロスペーサをひとつずつピンセットでつまみ、2㎝間隔でガラスの上に置いた。
 「スペーサが移動しないよう接着剤の使用も考えました。でも真空層に有機物を残すと、後々ガスが発生して真空度が下がり、断熱性能が落ちる恐れがある。意外に動かないようだし、やめとこうと」
 スペーサを並べ終えた後、その上にもう一枚のガラスを置く。そして周囲にシール剤として低融点ガラスのペーストを塗って、焼成(加熱して溶かす)を行う。ガラスの一方には、あらかじめ約2㎜の穴を開け、ガラス管を立ててある。そこに真空排気用治具を取り付け、焼成に続けて中の空気を抜き、ガラス管を溶かして穴をふさぐのだ。

 

量産技術開発の前に立ちはだかった、気難しいガラスの性質

 「しかし、私たちが苦労したのはここからでした。商品化する以上、大量に、安定した品質で、リーズナブルな価格で供給しなければいけない。そのためには、製造コストを抑えられる生産ラインを組む必要があったのです」
 まず、精密工業分野の要素技術を応用して、マイクロスペーサの配列など繊細な作業を機械化・自動化。さらに製造時間を短縮するため、2枚のガラスの周囲をシール材で焼成・密封する工程と、ベーキング(真空にする工程)を同時に処理することにした。しかも、「たとえばブラウン管の製造工程などでは、ベーキングに約200℃で10~20時間ほどかけます。これをより高温で行えば、短時間で済む。もし中に不純物があっても、高温で焼き切って空気と一緒に排気できます。そうすればより経年変化に強い、安定した真空が得られますからね」。
 しかし、ガラスには均等に加熱しないと歪みや割れを起こす性質がある。また高温では排気用治具を取り付けるためのシール材である、ゴムのOリングが溶けてしまうという問題もあった。最終的にはOリングを使わない真空排気方法を確立したが、熱制御の技術開発は困難極まるものだった。こうして96年、ようやく生産ラインの稼働が始まる。
 「とはいえ、当初は良品を1枚つくるのに不良品が2、3枚出るというありさま。とにかく人員を大量に投入して、力づくで歩留まりを改善していった(笑)。あと、施工業者が取り扱いに不慣れで、シール部にクラック(ひび)を入れてしまうトラブルも起きました」
 ちなみにクラックが入ると、徐徐に空気が侵入して中の圧力が上がり、あえて固定しなかったスペーサは落下する。だが初期トラブルは早々に解決され、今では10年保証が付くほど品質は安定した。
 販売実績の面では、東日本の大都市圏、そして東北地方が気候的にもっともニーズが高い。結露防止はもちろん、断熱効果でエアコンの効率も上がり省エネになる。だからコンビニエンスストアなど、24時間営業の店舗でも導入が進んでいる。また海外からは、歴史的保存建造物の窓の改修に使いたいという依頼も来ているそうだ。決め手は、古い木製の窓枠にもぴたりと収まる「薄さ」。ただし、こんな注文が付いた。「昔の質の悪いガラスっぽく、風景が歪んで見えるようにしてほしい」。歪んで・・・・・・それもまたひとつの、先進的かつチャレンジャブルな技術課題ではある。

▲このページの先頭へ戻る