「曲がらない」はずのチタンを曲げる。あえてその困難に挑戦
屋根や外壁の改修が終わり、新装となった浅草寺の「宝蔵門」。でき上がりを視察したある自治体の瓦組合の面々が、「実はあの瓦、チタン製なんですよ」と説明されて、言葉を失うほど驚いたという。この話を伝え聞いた同社の開発担当者が、快哉を叫んだのは言うまでもない。チタンは、まさにプロをもあざむく不思議な金属なのだ。
「銅にしろアルミにしろ、屋根に使えばすぐそれとわかる。でもチタンだけは、金属っぽさをまったく感じさせないんだよねえ。浅草寺のは、燻し瓦(いぶしがわら)の風合いそのもの。瓦って、ところどころにちょっと色の薄いのがあったりするでしょ。あの焼きムラの感じも、予想以上のできでした」
優れているのは、外見の再現性だけではない。チタンは、鉄鋼と同等の強さを持つ。銅板が酸性雨などの影響でまれに腐食を生じることがあるのに対し、そうした弱点もなく、寿命は半永久。かつ、軽いのも特徴だ。重量は鉄鋼の約60%。今回の宝蔵門の屋根面積は1000㎡強だが、使われたチタンは約8tで、屋根重量は土瓦を使っていた補修前の8分の1程度に抑えられている。
だがしかし、一見非の打ち所がない優等生に見えるこのチタン、その実とんでもない“きかん坊”の一面も持ち合わせていた。曲げたりのばしたりといった加工が、極めて難しいのだ。「スプリングバック」と称される性質があり、簡単に言うと曲げても元に戻ってしまう。無理やり加工しようとすれば破損してしまうこともある。
もともと、一文字葺きという平面の多い屋根にチタンを使っていた同社は、そういう性質を十分認識していた。それでもチャレンジしようと決めたのは、軽くて丈夫な金属瓦に対する、寺社などからの要望が強かったことと、素材メーカーの技術革新が進み、徐々に加工しやすいチタンが供給されるようになったからである。01年頃のことだった。
銅と同じやり方ではダメ。工法転換を決断するも、そこから試行錯誤が
瓦に使う金属といえば、銅板が一般的。瓦の形状を模した芯木を屋根に敷き詰め、そこに職人が加工を施していくのである。ただし、複雑な曲げが自在にできる銅ならではの芸当で、同じやり方をチタンに応用するのは不可能だった。ならばどうするか? 出た結論は、銅板の場合とは工法そのものを変えることだった。
「工場で完成品に仕上げたうえで、現場では簡単な組み立てを行う。これしかないと直感しました。でもねえ、加工しやすくなったといってもそこはチタン。銅用の金型はまったく使えないし、つくってみては金型の設計変更の繰り返し。これだ!と思えるものができるまでには、優に4年かかりました」
その間、素材メーカーの協力も欠かせないものだった。ある時、「どうやってもうまくいかない」と“失敗作”を担当者に見せると、「チタンをここまで仕上げたものを初めて見た」と目を丸くした。「ここまでやるのなら、何とかしてみましょう」。こうして、“きかん坊”は一歩、また一歩と渡部さんの理想に近いものに磨かれていったのである。
一方、「チタン瓦、開発近し」と判断した営業部隊は、売り込みに走る。そして願ってもない浅草寺の改修工事での採用が決まった。
「受注を聞いた時は嬉しかったですね。でも、開発の連中は複雑な顔してたなあ。その段階では、まだ100%の製品には仕上がってなかったから(笑)」
屋根材としてキーとなる機能、それは水密性能だ。チタンの内側は木材だから、ここに雨水が入り込んだら元も子もなくなる。納期にせかされ、「雨漏り試験」は折悪しく会津地方に粉雪が舞う時期に。工場の中庭に製品を持ち出して、シャワーで「雨」を降らせ、大型扇風機で吹き付けた。水密性が確かめられた時の喜びは、さぞひとしおだったことだろう。
「“浅草寺効果”で、チタン瓦の知名度が高まり、問い合わせも増えています。ウチのような中小企業でも、寺社や伝統建築の造形美を次代に伝えるお手伝いができる。苦労したかいがありました」
チタンが高価なため、今のところ一般住宅などに普及するのは難しい。だが、チタンを精密加工する同社の技術は、ある日思いがけないところでさらに花開く、そんな潜在能力を持っている。