東京都千代田区(八幡製鐵所:北九州市戸畑区)
新日本製鐵株式会社
上田 正治(43) 技術開発本部 八幡技術研究部 条鋼研究グループ 主任研究員
【その他の受賞メンバー(五十音順)】●新日本製鐵/岩野克也、小林玲、関和典、鳥取秀郎、
藤田和夫、松下公一郎、明賀孝仁、●日本鋳鍛鋼/内野耕一
【推薦者】(社)日本鉄鋼連盟
重荷重鉄道用に、摩耗や内部疲労損傷に強い
画期的なレールを開発
新日本製鐵株式会社
アメリカやカナダの貨物列車用レールの規格では、素材に含まれる炭素の含有量は約0.8%と厳密に定められている。一般的に、鉄に炭素を加えると摩耗に強くなるが、この比率を超えるともろくなって割れやすくなるとされてきたからで、鉄鋼業界では20年以上もの間、不文律としてこの数字が守られてきた。しかし、同社はこのタブーに挑戦した。鉄に炭素を加えると、鉄の中に非常に硬い炭化物ができ、耐摩耗性を上げるのに有効と考えられていたが、一方で炭素が多すぎると炭化物が固まりになり、それが割れの原因となる。そこで、固まりができないような圧延、熱処理の方法を実験の繰り返しで編み出したのである。この技術開発により、北米貨物鉄道用レールの耐摩耗性は以前より最大で50%も高まった。
北米の貨物輸送を支える
磨耗と疲労損傷に強い
世界最強のレールをつくれ!

硬い炭化物が層状になってレールの耐摩耗性を高めていた

 ハリウッド映画で、果てしなく長く続く貨物列車が荒野を走るシーンを見た記憶はないだろうか。北米の貨物輸送の主力は鉄道である。広大な大陸の内陸部に物資を運ぶにはそれ以外に方法がなく、貨物列車はロッキー山脈をも越えて走る。1両当たりの重量は日本の貨車の2~4倍に及び、1列車が百何十両もの数で編成されることも珍しくない。
 その強大な負荷にレールが悲鳴を上げる。日本国内向けレールより耐摩耗性の基準は高いが、それでも20tもの荷重がかかった車輪が繰り返し通過することでレールは削られていく。そのため、数年程度の使用でどんどんレールを交換していく必要がある。
 新日本製鐵八幡製鐵所は、その北米貨物鉄道用レールを製造するトップメーカーである。
 「弊社で製造している鉄道用レールは国内向けが30%、北米向けが70%ですから、アメリカ、カナダの貨物鉄道用レールの製造は主力事業といえます。しかし、90年頃から米鉄鋼メーカーが追い上げてきて、徐々にシェアが落ちてきた。そこでさらに付加価値の高いレールをつくる必要が出てきたのです」
 より摩耗に強いレールをつくるにはどうすればいいのか。上田さんが着眼したのは、鉄に添加される炭素の割合だった。
 「鉄に炭素を加えると硬くなって耐摩耗性が上がるといわれ、入れすぎるともろくなる、というのが製鉄業界の常識でした。そのため20年来、レールに含まれる炭素の含有量はアメリカの鉄道規格で約0.8%と定められていた。しかし、本当に炭素の量で耐摩耗性は変わるのか、本当にもろくなるのか、誰も実験したことがない。だから、規格外のレールをつくってみようと思ったんですね」
 新型レールの開発は93年に始まった。炭素の含有率を変えた試験片の組成をラボで検証するうち、徐々にその構造が見えてきた。炭素は鉄の中で非常に硬い炭化物となり、圧延(熱と圧力をかけてのばす処理)と熱処理されることで細くのびて層状構造をつくる。それが、耐摩耗性を高める効果を生み出していた。しかし、炭素が多いと炭化物が固まりになり、鉄と炭化物の境界でひび割れしやすくなっていたのだ。
 「つまり、固まりになるのを防いで同じように層状にできれば、以前よりさらに摩耗に強いレールができる。そう確信したのです」
 まずは0.9%。たった0.1%アップだが、従来の製造法でつくれば製品として出荷できないシロモノができ上がる。ポイントは、炭素の含有量を高めた条鋼用鋼片(レールや建材の素材に使われる棒状の鋼片)に対して、どのように圧延・熱処理を施すかだ。

 

職人の経験と勘で、新たな圧延・熱処理のプロセスを

 製鉄所というのは完全自動の無人工場というイメージがあるが、実はレールの圧延・熱処理というプロセスに関しては職人技の世界で、長年の経験と勘がものをいう。開発チームには現場のプロが集められた。知恵を出し合っては試作して、組成を検証してまた試作する。コンピュータでスパッと解答が出る問題ではないし、こういった研究開発はオフィスの研究室内だけでできるものでもない。実際の製造ラインで試作品をつくり、評価試験を行う。その評価試験も国内の線路では負荷が小さすぎるので、アメリカの鉄道会社に依頼して実際の線路の一部に使ってもらって試す。評価期間は最低でも1年半。開発は6年に及んだ。
 「3人の評価担当は、交代で年間120日、渡米して評価データを集めました。評価用レールを敷設した場所まで往復で7時間かかるところもある。クマを見かけたって言ってましたね (笑)。最終結果が出た時は、嬉しかったというよりホッとしたという感じ」
 評価試験の結果は目を見張るものだった。耐摩耗性が30%向上したばかりか、疲労損傷にも強いレールが誕生した。さらに04年には、炭素の含有率を1%にまで高めた高炭素レールの開発にも成功し、耐摩耗性は50%向上した。これまで4年で交換していた個所なら、6年使えるようになったわけだ。
 同社の北米貨物用レールの出荷量は99年実績で数千tだったが、現在では20万tにまで伸びている。日本の職人技が、アメリカやカナダの物流を今日も支えている。

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