東京都千代田区
日本ゼオン株式会社
山﨑 正宏(66) 顧問
【その他の受賞メンバー(五十音順)】●日本ゼオン/浅田毅、荒川公平、植田恒久、宮城孝一
●オプテス/赤谷晋一、石井積、岡島功、小笹俊男、幸重秀則
【推薦者】山田敏郎
溶融押し出し法による液晶
ディスプレー用光学フィルムの開発
日本ゼオン株式会社
急速に普及した液晶テレビだが、当初、斜め方向からは画面が見えにくいという問題を抱えていた。同社と100%子会社のオプテスが共同開発した「ゼオノアフィルム」は、この視野角の問題を解消する高機能光学フィルム。注目すべきはその製法だ。一般に液晶向けのフィルムは、「溶液キャスト法」という、樹脂を溶剤に溶かした後に蒸発させ、樹脂だけを“はぎ取る“方法でつくられていた。この製法は大規模な設備が必要なうえ、フィルムに溶剤が残存し環境への放出が避けられないといった問題があった。同社が採用したのは、異物混入や厚みムラなどが生じるために液晶向けは不可能といわれた「溶融押し出し法」。低コストで環境にも優しい。技術革新の末に生まれた高機能フィルムが、拡大する液晶需要を支えている。
素人集団だから「わからないなら、
やってみよう」になった。
専門家だったら見切りをつけたかも

初めに工場ありき。失敗が許されない環境で「不可能」に挑んだ

 溶融押し出し法自体は、フィルムの製法として一般的なものである。溶かした樹脂を、ダイスと呼ばれる2枚の金属板を谷型に重ねた装置の狭い隙間から押し出し、ロールで巻き取るのだ。構造がシンプルで生産効率が高く、設備投資も比較的少なくて済む。ただし、この製法だと微細な異物の混入や厚みムラ、ダイスから押し出す時に生じる「ダイライン」という線状の“キズ”が避けられない。だから普通のフィルムには使えても、液晶向けのような高い精度を要求される分野ではNG。これが業界の常識だった。
 「溶融押し出し法が、従来の溶液キャスト法に比べて低コストでできることは、みんなわかっていた。だから液晶向けにトライした企業はいくつかあるのですが、ことごとく失敗。当社も何社かのフィルムメーカーと組んだりして開発を進めたものの、先に相手が音を上げてしまいました」
 それでも山﨑さんがやろうと思った理由のひとつは、当時は大手フィルムメーカーに在籍していた今回の受賞メンバー、荒川さんから「ここまでできたら、いけるんじゃないか」と進言されたこと。
 「フィルムの製造に関しては、僕らは素人集団。できる確信がなかった半面、“怖さ”もわからなかった。まあ、プロの『いける』という言葉を信じたわけです。もしも専門家だったら、早々に見切りをつけていたかもしれませんね」
 かくして、01年の暮れに製造を担当するオプテスの工場が完成。実験プラントなどではない。正真正銘の「高岡工場新設」である。
 「長く新規事業開拓に取り組んできた経験からも、この案件は開発を進めつつ、成功したらすぐに量産に移る必要があると青写真を描いていたのです」
 だがしかし、社内の猛反対を押し切ってまで建設したピカピカの新工場は、半年たっても生産を開始できないでいた。

 

「自分たちですべてやる」。その執念が生んだ奇跡のフィルム

 「いろいろ条件を変えて試してみても、うまくいかない。製造は技術に疎いし、技術は製造に暗い。現場では話がかみ合わないこともしばしば。でも、最後は『わからないからやってみるしかない』と。何とかモノにしたいという気持ちだけは、みんな一緒でした」
 クリアすべき課題は見えていた。たとえば異物の排除。キャスト法では、溶剤に溶かした状態で簡単に除去できる。そうはいかない溶融押し出し法ではどうすべきか。
 「フィルムは素人でも、原料樹脂のことは知りすぎるほど知っていたし、技術も持っていた。後から取り除くのではなく、樹脂の段階で完全にクリーンにする方法を考えました」
 一方、ダイラインを防ぐには、ダイスの、樹脂を押し出す部分をきれいに研ぎ澄ますしかない。それこそ専門外の世界だったが、担当者は包丁を研ぐような気持ちで“刃先”を磨き続けた。最後に残ったのが、厚みムラなどを防ぐための温度管理だ。外から中へ徐々に冷えていく薄い膜を均一の厚さに制御するのは、難航を極める作業だった。
 夏も盛りの頃になり、いつものように床に寝転がって下からフィルムを検査していた人間が、まず「異変」に気づく。前の日まで薄ぼんやりと歪んで見えていた天井の蛍光灯の光が、走るフィルムを通してくっきりと目に飛び込んできたのである。データを調べてみると、確実に実用レベルに近づいたことが確かめられた。
 「ひとつ壁を越えると、事態は劇的に好転。大げさではなく、毎日何か目に見える前進がありました」
 液晶に十分耐え得るレベルまでつくり込み、販売を開始したのは02年の10月。初出荷は液晶の偏光板メーカー向けに1巻き、2000mだった。
 「それも『使ってみてください』と頭を下げて、ようやく買ってもらった。押し出し法でいいものができるなんて、ユーザーはまだ半信半疑だったんですよ。でもね、翌月には同じ企業から10万mのオーダーが入りました。『ケタを間違えてないか』なんて言いながら、みんなでガッツポーズです」
 果敢なチャレンジを神が祝福したのか、絶妙のタイミングで液晶テレビの市場拡大が加速する。安価を“売り”に発売された同社のフィルムは、今や品質で選ばれるブランドとなった。

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