福井県福井市
株式会社秀峰
村岡 貢治(57) 代表取締役社長
【その他の受賞メンバー(五十音順)】 北山雅一、近藤和弘、竹谷春二、村岡右己
【推薦者】(財)ふくい産業支援センター
特殊印刷方式によって球曲面への高精度な印刷を実現。
さらに多機能な応用技術を実用化
株式会社秀峰
転写フィルムを使って写し取る方法でしかできなかった球面、曲面への印刷を、特殊印刷技術を用いることで、「直接対象物の定位置に高精度な印刷を行う技術」を開発。どのような曲面にも印刷できるこの革新的な印刷技術は、携帯電話を始め、自動車の内装など幅広い分野から注目を集めている。メガネへの印刷を始めたのが89年。以来、導電印刷技術(この技術を応用した平面アンテナの開発も)、印刷メッキ技術開発など、一貫して技術の高度化・高精度化を進めてきた。転写ボケのない正確な位置決めができる、転写紙やフィルムを作成する必要がないため小ロットの対応ができる、などの優れた特徴を持った本技術は、日本のものづくりの発想、デザインの自由度を向上させる鍵を握っている。
人間、事業も技術もアイデアなんて
そうそう出てくるものじゃない。
思い付いたら、とことん追求しなくちゃ

会社の再建を懸けて窮地でつかんだ曲面印刷のアイデア

 それまで、転写フィルムを使うなどしなければ不可能とされてきた曲面印刷。“印刷の非常識”に挑んだ村岡さんにとって、それは自らの起死回生のアイデアだった。
 「88年頃ですかね。会社の再建に向けた新事業のひとつにギフトがあったんですよ。たとえば、結婚式の引き出物の杯に写真や言葉を印刷して贈れば、もらうほうも嬉しいでしょう」
 福井県の特産品ともいえるメガネ。同社も、もともとはメガネを販売する会社としてスタートした。付加商品としての訪問検眼サービス(企業を訪問してその場で検眼、レンズの度数調整などを行う)が好評で、事業は順調だった。問屋を介さない直販システムも確立するなど積極的な事業展開をしていたが、問屋やメーカーから圧力がかかり、結果的に1億円もの負債を抱え込む状況に陥った。そんな窮地にあってのギフトの新事業立ち上げ。村岡さんはアイデアを携えて印刷会社を回るが・・・・・・。
 「どこの印刷会社に行っても、杯のような曲面に、直接印刷することはできないって言われてしまいましてね。それなら、自分たちでつくるしかないと」
 従来のやり方では、コスト的に合わなかったり、位置合わせの困難さ、精細感のなさなど問題は山積。曲面印刷への取り組みは、そんな経緯から始まった。
 「土地柄、メガネなら需要もあるだろうと。最初は、メガネフレームに図柄を印刷するというところから始めたわけです」
 実は、村岡さんは元銀行員だ。「印刷に関しては素人だったからこそ思い付いた」という画期的な技術のアイデア、それが金属や樹脂などの版にインクを付け、中間素材に転写、対象物に印刷するという方法だった。もちろん、版などに使用する素材や転写の方法、そこに込められた工夫の数々は企業秘密。96年には、ボタンのような形状の立体物などにも印刷が可能になる技術を開発。印刷対象物をしだいに大型化、多様化させていったのである。

 

μm 単位の高精細印刷がものづくりの発想、自由度をアップする

 同社の印刷技術は、曲面に凹凸を付けて立体感を出すこともできる。プラスチックのような素材でも質感や高級感を飛躍的にアップさせる技術。その仕上がり具合を見れば、自動車メーカーがステアリングなどの内装用として興味を示すのもわかる。さらに、02年には、導電印刷技術も開発している。
 「ドットやラインはμm (マイクロメートル)単位で描けるんです。たとえば、携帯電話のアンテナに使えば、コンパクト化はもちろんデザインだってもっと自由にできるようになりますよね」
 携帯電話メーカーが注目しているのは、外装のリッチさを実現するということだけではない。導電印刷技術を使うことで内部構造の省スペース化を図り、新しい携帯電話のかたちを発想する。そんな影響も視野に入れてのことなのだ。
 「海外の携帯電話会社から技術を50億円で譲ってくれって話もありましたよ。毎年、6000万円のロイヤリティも払いますって。あの時は揺れましたねぇ(笑)」
 そんな好条件のオファーを断ったのは、自分たちならまだまだこの技術を進化させることができる、目標は達成されていないと感じていたからにほかならない。
 「事業でも技術でも、人間、本当の意味でのアイデアなんて、一生のうちでそうそう思い付くものじゃないでしょ。せっかく思い付いたんだから、とことん追求していかなくちゃ」
 05年には、中小機構が推進する異分野の資源の有機的な連携を目的とした「新連携」事業に、福井県では2社目となる認定を受けた。メンバー企業には伊藤忠商事のような技術を広めるにはうってつけのパートナーも名を連ねている。秀峰の技術は、今後、より広範囲で使われていくことは間違いない。
 「つらい時期に力を貸してくれた人はもちろん、どこかで我々の技術を知ってチャンスを与えてくれた人にも、本当に感謝の気持ちしかないですよね」
 NTTドコモから秀峰の印刷技術を使ったケータイ1号機が発売されたのは06年。起死回生のアイデアは20年の時を経て新たな段階に入った。「目標を達成してしまうと、やりがいを感じなくなってしまうんですねぇ」と笑う村岡さんだが、この技術に関してだけは、その目標はまだ先にあるようだ。

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