大阪府門真市
松下電工株式会社
吉田 徳雄(52) 生産技術研究所レーザ加工技術開発グループ グループ長
【その他の受賞メンバー(五十音順)】●松下電工/阿部諭、東喜万、不破勲
●松浦機械製作所/友田富夫、山岡恒治、●OPMラボラトリー/森本一穂
●九州工業大学/鈴木裕、●金沢大学/上田隆司、米山猛
【推薦者】(財)ふくい産業支援センター
「金属光造形複合加工技術」による金型製造法の革新
松下電工株式会社
革新的な「金属光造形複合加工技術」は、松下電工が開発した基本技術をベースに、松浦機械製作所、OPMラボラトリー、九州工業大学、金沢大学などとの産学官連携プロジェクトとして実用開発が推進されてきたもの。これまでは、分割加工や放電などの除去加工を施さなければできなかった、深いリブ構造などの複雑な形状を持つ金型の設計・製作に、金型の分割などを行うことなしに一体的に加工できる方法を開発。それが「金属粉末のレーザー溶融積層と高速切削を同一装置内で行う加工法」。ワンプロセスでの複雑形状加工を実現させたことで、金型製作にかかっていた期間とコストを2分の1~3分の1に低減。商品開発の短期間化、優れた省エネ成形に注目が集まっている。
日本のオリジナル技術だからこそ、
オープンにすることで、
しっかりと広めていきたい

今は、国内で競争している時代ではない!これは“日本全体の”技術だ

 約25万品番あるという松下電工の膨大な製品群。金属光造形複合加工技術の研究は、当初、同社内での製品開発のスピードアップを主な目的としてスタートした。
 「携帯電話なら年に数回、家電製品でも、もう毎年のようにモデルチェンジがあるわけです。当然、開発期間も短縮しなくちゃ間に合わないですよね。製造業にとって、金型は何よりの基盤技術。我々松下電工も、光造形への取り組みは90年代の初め頃からやってました」
 レーザー焼結から仕上げまでを1台のマシンでこなす画期的なシステムの開発。吉田さん担当のレーザーの精度追求はもちろん、材料になる金属粉末のベストな配合比率を求めて、数限りない組み合わせをテストする日々。意外にも「金型に精通してるメンバーはいなかった」というから、世の中わからない。
 「開発当時は、よく泊まり込んだりしてましたよ(笑)」
 そんな試行錯誤の末に、完成を見た基本技術は、生産技術研究所所長の支持を得ることになる。
 「今は、日本の中で競争している時代ではないと。松下電工は工作機械のメーカーではありませんから、専門メーカーさんの協力が必要です。この基本技術をメイド・イン・ジャパンの技術としてオープンにして、しっかりしたメーカーさんと育てていこうという話になったわけです」
 そのパートナーが松浦機械製作所だった。松浦機械は、この技術をもとに加工精度、機械剛性、操作性、メンテナンス性といった実用性の視点からマシンを追求。そして02年、松下電工のレーザー技術と松浦機械のマシニングセンター技術が結び付いた、世界初の金属光造形複合加工機の試作モデルが発表される。松下電工の商品開発の効率化を目指してスタートしたプロジェクトは、一躍、日本を代表する技術として注目を集めることになる。

 

つくり手の発想が変わる。設計の自由度で、日本のものづくりをサポート

 レーザーによる造形技術自体はそれまでにもあったものの、表面はガサガサで、仕上げに時間が必要だった。この金属光造形複合加工機による「加工物の仕上げのキレイさ」は、見る人が見ればわかる。九州工業大学の鈴木教授は、見た瞬間に「これは日本を代表する技術になると直感した」と語る。この技術を知って、金型ベンチャー企業OPMラボラトリーを設立した森本さんは、その制御ソフト開発力とノウハウを生かして現場で活用。現在、様々なフィードバックを通してサポートを行っている。また、金沢大学では上田・米山両教授を中心に、それぞれの専門分野の見地から基礎研究、そして可能性の追求が続いている。
 すべての人たちに共通しているのは、吉田さんを始め、松下電工の「日本オリジナルのテクノロジーを広めたい」という強い思いだ。
 「金型の適用範囲を拡大すること。耐久性の向上や加工の高精度化など、普及に向けてまだまだ取り組んでいかなければならない課題がありますからね」
 挑戦は終わらない。基本技術、基礎研究、実践が一体となって、技術は磨き続けられていく。
 「この技術の特性をわかってもらって、工作機械の新しいツールだということが理解してもらえれば、開発用途の拡大やこれまでとは違う設計の発想も出てくるんじゃないかと思います」
 もしかしたら、レーザーはものを破壊する光線だというイメージを持っている人も、また、金型は材料を削っていくことでつくるものだと思ってる人もいるかもしれない。従来の「除去加工」から、レーザー溶融で層を積み重ねていってつくる「付加加工」へ。考えてみれば、もともとが発想の転換から始まっている金型製造技術なのである。
 「マシンには位置合わせのためのカメラが積んであったんですが、そこに切削のためのスピンドルを取り付けたりと、偶然的なアイデアもけっこう盛り込まれているんですよ」
 プロジェクトがスタートした時、金型のプロがいなかったことも、そんな柔軟な発想をもたらす開発環境をつくっていたのかもしれない。日本のものづくりを足元から固める切り札がここにある。

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