愛知県安城市
アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
大林 巧治(45) 生産技術本部 熱処理生技部 主席研究員
【その他の受賞メンバー(五十音順)】 石川昭司、大河裕治、岡田一晃、信耕望、田口圭太、
田畑守行、藤田英樹、堀田忠志、松川太郎
【推薦者】内藤武志
部品の強度を上げる革新的な
「炎のない熱処理法」を開発
アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
精密機械のような自動車用オートマチックトランスミッションに使われるギアには、エンジンの動力を伝えるため、高い精度と強度が要求される。そのためギアを製造するプロセスにおいては、浸炭熱処理(ガス浸炭、油焼き入れ、洗浄、焼き戻し)が行われてきた。しかし、従来の熱処理法は非常に時間がかかり、大量の浸炭ガスを燃やす炎が立ち上り、さらには高温の油も使うため、エネルギー消費も多く、危険な作業でもあった。そこで同社では、真空浸炭と高周波焼き入れを組み合わせる革新的な熱処理法を開発。処理時間を半分以下に抑えながら、部品の強度を10%、精度を40%向上させ、エネルギー消費と二酸化炭素排出を40%削減することに成功した。
浸炭はなくそうとしてもなくせない。
そう開き直った瞬間に
答えが見えた

時間もコストもかかる浸炭熱処理を高周波焼き入れに転換せよ

 「浸炭熱処理をやめて高周波焼き入れに転換せよ」。93年に経営陣から大林さんにこう司令が出た。
 浸炭熱処理とは、鋼の部品を高温にして炭素を浸透させ(浸炭)、急冷することで強度を高める処理である。しかし、この処理には平均8時間もかかり、部品を溜めて一括処理するので、製造ライン間に在庫が発生する。大型の熱処理炉からは常に浸炭ガスを燃やす炎が上がり、大量の高温油も使うため安全管理も大変だった。
 一方の高周波焼き入れは電磁調理器(IH調理器)と同じ仕組みで、誘導加熱により熱処理する方式で、スピーディに「焼き入れ」「焼き戻し」ができるが、強度アップに貢献する「浸炭」を同時に施すことができない。
 「アメリカの高強度なギアの高周波焼き入れ技術を導入せよ、と上司より指示され、ギアを持って現地調査に行きました。簡単に考えていたのですが、実際は強度も精度も不足で、自分たちで開発するしかなくなった。その時は、まさか12年もかかるとは思いも寄りませんでした」
 強度がさほど問われない部品は何とか転換できたが、AT(オートマチックトランスミッション)のギアだけは別だった。ATはまるで機械式時計のような精密構造でありながら、エンジンの強大な動力を受け止める。高い精度と強度が要求されるが、浸炭なしでは求める強度が出ない。
 「家でくつろいでいても、ふと気づくとそのことを考えている。ギアに着手して数年、考えられることはほとんど試したが、ことごとく失敗に終わり、そのたびに浸炭の巧みさを思い知った。ある日、とうとう開き直ったんですね。浸炭はなくせない、いや、浸炭を生かしたいと。その途端、新しい熱処理のシステムが頭に浮かんだ」
 従来の熱処理では浸炭と焼き入れを同時に行っていたが、高周波焼き入れは処理時間が短いので、同時に浸炭しても炭素が十分に浸透しない。そこで大林さんは「同時にできないのなら、組み合わせよう」と考えた。業界の常識を覆したのだ。

 

「そんなうまい話があるか」。冷ややかな反応にデータを示して説得

 従来は多数の部品をバスケットに積んで浸炭したのち、そのまま油に浸けて急冷していた。バスケットで急冷するので位置によるバラツキが発生する。
 新たに考案したシステムは、まず真空中でガス消費を抑えて浸炭し、クリーンな窒素ガスで徐冷する。その後、高周波焼き入れを施すことにした。この新システムでは、部品を一個ずつ焼き入れするので、従来のように急冷の速度を緩和する必要がなく、水冷で一気に焼き入れ(急冷)できるようになった。これにより、数々のメリットが生まれたのである。
 「従来は炭素を100浸透させても50しか強度に貢献しなかった。しかし、水冷を採用した新システムでは、50炭素を浸透させると50が強度に貢献する。だから浸炭時間も大幅に短縮できるのです」
 開発が佳境に入った04年頃、同社では次代製品の6速ATが好評で、06年以降の増産が計画されていた。成り行きでは、安全管理が大変で、エネルギー消費や二酸化炭素排出の多い従来方式の熱処理炉を増設することになる。この問題を解決できるのは新システムしかない。大林さんは名乗りを挙げた。「処理時間は半分になり、精度も強度も向上し、コスト削減にも貢献する」。しかし、社内の反応は冷ややかだった。「そんなうまい話があるか」と。
 大林さんは説得を急いだ。製造ラインが増設される06年6月に間に合わなければ、新システムが日の目を見るのは先送りになる。
 「会議のたびに課題を出され、次の会議までに相手を納得させる解答を出さなければならない。毎日が崖っぷちでしたね」
 出された課題には、徹底的に実験しデータで答えた。認められるたびに課題が増えた。18カ月かかって、量産ラインへの対応も可能な世界初の真空浸炭実験機の導入にこぎ着けた。その後も、最後の最後まで実験と検証を繰り返し、量産ラインとして完成したのは06年3月末。ぎりぎり間に合った。
 「浸炭をなくそうとすればするほど、逆に浸炭の良さが見えてきた」
 研究者としての確信に素直に従ったのが、成功の理由である。

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