静岡県清水町
株式会社木村鋳造所
木村 博彦(67) 代表取締役
【その他の受賞メンバー(五十音順)】 市野育男、菅野利猛、木村智昭、金原昌浩、斉藤正勝、
鈴木和秀、滝口好克、原賀奨、福田葉椰
【推薦者】中江秀雄
鋳物の歴史に革命をもたらした
「フルモールド鋳造法」とITの融合
株式会社木村鋳造所
鋳物は、鋳型の内部(木型などを使って砂で固めた“空間”)に、溶けた金属を流し込んでつくるのが一般的。これに対して、木型の代わりに発泡スチロールの模型を“砂込め”し、そこに直接金属を注ぐのが「フルモールド鋳造法」だ。従来法に比べ、より短納期で高精度の製品をつくることができる半面、模型は一度使えば消失してしまうため、量産品には向かない。というより「使えない」というのが業界の常識だった。ITを取り入れることでこの難問をクリアした同社は、現在、国内の自動車用プレス金型鋳物で45%、工作機械用鋳物では19%のシェア(06年実績)を持ち、特に大型工作機械向けでは、世界レベルでその強さを発揮している。一般の目には触れないところで、製造業を支えている。
特色を出さなければ生き残れない。
そう決めて、この道に特化したからこそ
もっとも進んだ鋳造会社になれた

「量産は無理」に挑戦。職人芸を凌駕し、業界の常識を覆す

 発泡スチロール製の丸や四角の“部材”を持ち歩き、何やら組み立てている女性たち。「さて、ここで何をつくっているのでしょう?」と聞かれても、答えに窮するだろう。種を明かせば、これから鋳造によってつくられる製品と寸分たがわぬ模型である。加熱すれば溶けてなくなる発泡スチロール製、というのがポイント。金枠の中で模型を砂で押し固め、そこに溶けた金属を流し込めば、模型が鋳物に入れ替わるというわけだ。
 「鋳物といえば、木型法が主流です。でも、最終製品のかたちと同じ空間を実現する木型をつくるのには、熟練の技が必要ですからね。鋳型から木型を引き抜く時の“抜け勾配”を計算しなければならないし、作業は煩雑を極めます。『フルモールド鋳造法』なら、すべての工程で製品そのものの形状さえ考えていればいい。それが大きなメリットなのです」ただし、デメリットもあった。溶けてなくなるとはいえ、石化製品の発泡スチロールが燃えれば、微量の炭化物が残る。これが製品に悪影響を及ぼすことがあるのだ。もうひとつ決定的な弱点は、木型が繰り返して使えるのに対し、模型は“使い捨て”であること。いいものはできるが単品しか無理。これが常識だった。同社は、「生成したカーボンを外に出す世界で唯一の技術」を開発することで、前者の問題を解決。そして後者を克服するのに活躍したのは、ITだった。
 「たくさんの鋳物メーカーが、このフルモールド鋳造法にチャレンジし、ことごとくうまくいかなかった。当社だけが大型で高精度の製品を量産できたのは、この鋳造技術をITと融合させることに成功したからにほかなりません」
 コンピュータを活用したCAD/CAMによる模型づくりに踏み切ったのは96年。その後の技術の発展に歩調を合わせるようにIT化を進め、02年には自社のCAD/CAM比率は100%になった。この年、模型製作職人のトップスピードを初めて凌駕し、業界の常識を覆す。同じ模型を速く大量につくることで、量産を可能にしたのである。
 ITによる模型づくりは製品の3D(3次元)データ作成から始まる。このデータをプラモデルの部品のように分割し、それにもとづいて発泡スチロールをNC(数値制御)加工により切り出す。次のステージが、冒頭に紹介した組み立てだ。簡単な設計図をもとに、彼女たちは1000でも2000でも、同じ模型を手際良くつくり上げていく。IT化によって、模型製作期間はおよそ1週間~10日(自動車用プレス金型用鋳物、重量12tの場合)に短縮。手づくりに比べると、約半分で良くなった。

 

 

厳しい環境の中で生き残りをかけ、新方式への特化を決断

 もちろん、ここまでトントン拍子だったわけではない。技能を持った職人の減少などもあり、80年には、2000社を超えていた同業のおよそ3分の2は淘汰された。同社も同様に、何度も厳しい局面に立たされる。そんな中、90年に開かれたある役員会が運命の分かれ道となった。当時は木型法でも鋳造を行っていた同社だったが、席上、「フルモールドへの特化」が提案される。しかし、反対意見も根強く、論争に発展した。
 「複数の鋳造法を有していれば、確かにチャンスは多い。しかし、これからの時代はほかと差別化しなけりゃダメになると説得したんです。成功の確信? そんなのありませんでしたよ。一つ一つ、目の前の課題をクリアしていって、気がついたら世界でもっとも進んだ鋳物屋になっていた。それが実感です」
 同社は、周辺技術も数多く生み出している。たとえば、製品が破損する可能性があるため御法度とされていた、水で鋳型を冷やして鋳物の冷却期間を短縮する「異端の技術」。ちなみに、縮めたのは納期ばかりではない。個人の経験に頼る部分が多かった造型作業のノウハウなどをデジタル情報化し、「鋳造技術・技能伝承システム」を開発。以前は作業指示書を理解し、ひとりで作業ができるようになるまで10年は要していたのを、わずか2年に短縮することに成功している。これも特筆すべき副産物だ。
 人類がおよそ5000年前からつくり続けてきた鋳物。そこに新たな道を開いた同社の挑戦は、技術革新というより革命と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。

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