当時入社4年目で、26歳だった武内さんに、「路線バス向けエアコンのエネルギー効率を25%向上せよ」という開発目標が与えられたのは、91年のこと。自動車用エアコンでは、コンプレッサー(空気圧縮機)をエンジンで回すため、エンジンがアイドリング状態だと冷房効果が落ちる。それを改善せよという。しかし25%も効率を上げろとは……とんでもない目標である。
「根本的に何かを変えないと無理な数字です。そこで、過去の文献を読みあさったところ、75年にアメリカで発表された論文に『エジェクタサイクル』という機構を見つけ、これだ!と直感したのです」
エアコンという装置は、冷媒を膨張・気化させて熱を奪い(室内)、圧縮・液化する時に熱を排出する(室外)構造で、その循環をコンプレッサーが担っている。従来のシステムでは、膨張弁で冷媒を膨張する時に渦が発生してしまうために、多くの運動エネルギーが失われていた。エジェクタサイクルは渦の発生を抑えることで、失われるはずだった運動エネルギーを利用し、コンプレッサーの働きを助ける機構である。つまりは、ターボチャージャーとよく似たシステムだ。 |
「いいもの見つけたと思って試作したら、効率25%アップどころか30%ダウン(笑)。何をどうやってもうまくいかない」
1年ほどして別の開発テーマを与えられたため、エジェクタサイクルの研究は豊橋科学技術大学に委託することになった。しかし、常に頭の片隅から離れなかった。武内さんはエジェクタサイクルの虜になっていたのである。
大学での研究がなかなか進まない中、武内さんは「自分でやるしかない」と、上司から大学との共同研究の許可を得て、96年から博士課程に週2回、3年間通った。
「液体、あるいは気体のどちらかの単相流であれば話は簡単なのですが、エジェクタ内を通る冷媒は液体と気体の二相流で、その動きは複雑極まりない。工学的な手法を捨て、物理学の基礎に立ち戻る必要があった。理論をもとにコンピュータによるシミュレーションを延々と繰り返し、3年かかってようやく設計図が完成しました」
最終的なエジェクタの形状は、開発を始めた当初に想像していたものとはまるで違っていた。試作と実験という手法では、とうていたどり着けなかった形状である。 |