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接触角度計で親水性を測定。光触媒コート上では、
水滴と平面の角度がほぼゼロになる |
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光触媒塗料と普通の塗料を交互に塗った壁。
効果は一目瞭然である |
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茅ケ崎にある東陶機器(以下TOTO)の研究所の外壁には、1カ所だけ奇妙な縞模様がある。汚れて薄茶色になった部分と、きれいなままの部分。実は後者には、表面に付いた汚れを分解し、雨できれいに洗い流してしまうという、無精者の魔法のような塗料が塗られているのだ。この画期的な商品を開発したプロジェクトチームのリーダーこそ、下吹越さんその人である。
酸化チタンに紫外線を当てると、空気中の水や酸素と反応して活性酸素を発生させる。これが、今から40年前に発見された光触媒反応である。活性酸素は「有機物分解性」を持っていて、細菌やカビ、汚れを分解し、窒素酸化物すら除去してしまうのだ。
「光触媒のもうひとつの画期的な機能『超親水性』は、東大との共同研究の中で、95年に発見されました。平たく言えば恐ろしく水とのなじみが良く、水を垂らしても弾かずに、すうっと広がっていってしまう。単に物理的に水が載っているのではなく、分子レベルでくっ付いた薄い水の膜なんです。触っても濡れてる感じがしない」
女性のお肌なら大問題だが、科学的には画期的な大発見。 「この状態で油性の汚れが付いたとしても、上から水をかけると、油の下に潜り込んででも光触媒上の水の膜とくっ付こうとする。結果、浮き上がった油汚れは洗剤を使わなくても水だけで落ちてしまうんです」
それまで科学者も技術者も、汚れを防ぐには水や油を強力に弾く撥水性・撥油性が必要だと考えていた。しかしそれでも静電気などで汚れは付く。ならば一度は汚れが付いても、それを分解し、水(屋外なら雨)で落としてしまうほうが現実的だ。ガラスなど透明な素材も、超親水性の膜を付ければ曇ることもない。この発見を得て、TOTOの基礎研究所に社内各分野の専門家10人からなる商品開発プロジェクトが結成された。その目的は、異業種企業とも協力して、光触媒を様々なものにコーティングする技術を開発し、できる限り多くの分野で利用できるようにすることだった。 |
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原理は素人でも、へぇーと感心するほど単純明快。だが、いざ商品化するとなると、コーティングするための条件や方法が、素材ごとに違うという壁が立ちはだかった。
「タイルやガラスは、800から500℃くらいの熱に耐えるので、酸化チタンを焼き付けることができます。問題は、プラスチックなどの樹脂類をどうするかでした」
高温での焼き付けができない樹脂には、塗料のように常温に近い温度で固まるものが望ましい。利用範囲も幅広く、光触媒商品の中でもっともボリュームの大きなものになるはずだ。が、本質的な大問題があった。プラスチックは有機化合物。光触媒の第一の性質は? 有機物の分解ではないか。それどころか、そもそも塗料自体が有機物。
「そこで無機物であるシリコーン系のバインダー、いわば糊に酸化チタンを混ぜ込んで、固着させることにしました。実はこれ、光触媒の超親水性が発見された時の方法なんです。当時はシリコーンの撥水性と、光触媒の分解性を組み合わせて汚れを防ごうと考えてたんですが、思惑とは逆に超親水性の発見につながった。その失敗、いや、成果を応用させてもらったわけです(笑)」
さらにバインダーとプラスチックの間にはバリア層をつくって、分解を防いだ。こうして樹脂や塗装面の上にも光触媒のコーティングが可能になり、その用途は飛躍的に広がっていく。そこには、数えきれない試行錯誤を支えた人たちの努力があった。
「プロジェクトチーム自体は10人でしたが、実際にはその何倍もの人が開発にかかわっていました。たとえば何十種類ものシリコーン素材を、延々と混ぜ合わせるだけの役目もある。それだけの仕事だと思ってしまったら面白くも何ともない。ですから、開発に携わる全員に、自分たちがどういうゴールに向かって商品開発をやっているのかを、常に意識付けるようにしていましたね」
末端の仕事だからと、プロジェクト全体の進展を見渡そうとさえしないのは、不幸なこと。なぜならその過程で、必ず「何かが変わる」場面に出合えたはずだからだ。下吹越さんはリーダーとして、その出合いを全員で共有しようと努めていたのである。 |
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