「カプロラクタムからつくられる化学製品は何か?と聞かれても、一般の人には答えられないでしょうね」と和泉さんは笑う。答えは、ストッキングなどに使われるナイロン。絹の代用品として開発されたこの合成繊維は、今や、私たちの生活になくてはならないものだ。
主として、石油から分離されるベンゼンを粗原料とするこのカプロラクタム、いくつかの生産法(プロセス)が編み出され、現在もそれらが共存している。ただし、どのプロセスを採用しても解消できないネックがあった。副生物として硫酸アンモニウム(硫安)ができてしまうことだ。窒素肥料として使い道がある硫安。しかし、できると困る理由が2つある。
「窒素肥料をつくるのだったら、尿素を原料にしたほうが安上がり。わざわざカプロラクタムから“持っていく”メリットはありません。それと、結果的に硫酸 |
を使うことになるため、装置の腐食対策にコストをかけねばならないのも痛い」
そのため、ドイツで世界初のカプロラクタム商業生産が開始された42年には、すでに“硫安フリー”を目指した研究も始まっていたそうだ。同社が基礎研究に着手したのは84年。和泉さんは、同社プロセス研究所などでの勤務を経て愛媛工場に戻った93年から、直接タッチするようになった。
ところで、同社が開発を目指した「気相法」と呼ばれるプロセス。実は、海外の大手化学メーカーがパイロットプラントの建設まで行いながら、ギブアップしていた経緯がある。品質面での問題をクリアできなかったのだ。だから、「業界では(気相法でつくる)『住友のラクタムは使い物にならないぞ』などとささやかれる始末」だったそう。そんな風説を覆すためには、とにかく高品質の製品をつくるしかなかった。 |
こうして98年に、同社の歴史で初のプロジェクトチームが結成された。実際にプラントを動かす現場の人間と、研究所メンバーとの合同チーム。翌年には月産5000t規模の実証プラントが稼働する。だが、最初はやはりトラブル続きだった。
「固まったカプロラクタムをスムーズに流すために、プラントに銅パイプを巻き付けて、そこにスチームを通して温めた。最初から二重パイプにしておけば、そんな苦労をしなくても済んだのですが。あの時は、四国中の銅パイプがなくなったと、大騒ぎになりましたよ(笑)」
化学プラントは昼夜の別なく稼働している。交代制を取ってはいるものの、何かが起これば、夜中だろうが何だろうが構わず招集がかかる。「私も丸2日間、一睡もできなかったことがありました」と和泉さんは振り返る。 |
プラントを動かしながら、並行して様々な技術的改良を加えた結果、新プロセスでの生産にメドが立ったのが01年。03年から、世界初の硫安フリープラント商業運転が始まった。
他の会社にできなくて同社にできた最大の理由は、化学反応を介在する触媒の違い。自社開発のまったく新しい触媒を使うことで、半世紀以上続いた業界の懸案事項に、ひとつの答えを出したのである。
新しいプラントは、硫安をまったく副生しないだけではない。原材料を25〜40%に削減でき、また“余計な”化学反応をカットしたシンプルなプロセスであるため、プラント自体を小さくすることが可能。従来法に比べ高品質のカプロラクタムを製造できるのも、大きなメリットとなっている。同社が生産する月産18万tのカプロラクタムのうち、すでに8万tが新プロセスで生産されている。 |