ポーラス電鋳金型による真空成形のデモンストレーション。まず、ミニ成形機に金型をセット。次に樹脂シートを乗せて加熱。
そして一気に空気を抜けば、このとおり!! |
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デンチュー。それは電気鋳造の略。原型に3〜5o厚のニッケルメッキを施し、卵の殻みたいにパカッと外せば、樹脂成形用の金型のでき上がり。自動車のダッシュボードやドアトリム(内張り)、バンパーなど樹脂パーツのほとんどが、この電鋳金型でつくられる。特にシボ(絞)と呼ばれる革模様や縫い目を、原型からそっくりそのまま写し取れるのは電鋳ならでは。
「ただ、この特徴を生かすには加熱した金型に樹脂パウダーをまき、溶かして成形するという、面倒なスラッシュ成形法しかなかった。しかし生産性を考えると真空成形にしたい。金型の上に温めて軟らかくした樹脂シートを乗せ、金型とシートの間の空気を一気に抜いて成形する方法です。ところがシボまで再現するには、電鋳金型は凹型でなければいけません。その上にシートを乗せるとフタをするようなもので、空気がうまく抜けないんです」
と、電鋳一筋40年の野田さん。ここで話は二十数年前にさかのぼる。ある日、野田さんは工場で、社員が3、4oの穴の開いた失敗作の電鋳を捨てるのを見た。
「メッキの電解液の中で泡が発生すると、泡の付いた部分にはメッキが乗らず、表面がガサガサになる。“ガサ電鋳”といって、まったくの不良品なんです」 だが、野田さんにはピンとくるものがあった。以前、欧州視察で見た、エポキシ樹脂製の小さな穴の開いた型のことを思い出したのだ。その社員にゴミ箱に捨てたガサ電鋳を持ってこさせ、「もう一回、同じものつくってみてくれんかな」と頼んだ。すると同じものができた。
「再現できるのなら、これは使い道があるぞと思いました。そこでさらに『この穴、0・1oにまでにならんか。1年がかりでもいいから』って言ったんです。彼は普段の仕事の傍ら、研究を始めました。後で聞いたら、自宅にテスト用の小さな桶をつくって夜も実験したそうです」 1年後、社員は見事に100μm、つまり0・1oの穴がいくつも開いた電鋳金型を完成させた。明かりに透かすと無数の小さな星が輝いた。しかもその穴は、裏側で釣り鐘状に広がっている。これなら凹引きの真空成形でも、空気がきれいに抜けて金型と樹脂シートがぴったり密着し、シボも精密に再現できる。さっそくサンプルをつくり、新しもの好きっぽいホンダに持ち込んだ。ところが反応は、けんもほろろ。彼らもまた、エポキシ樹脂製の通気性を持つ型を完成させていたのである。だが、野田さんはめげなかった。3カ月後、今度はドアトリム1枚分を電鋳金型で成形し、再びホンダに持ち込んだ。反応は以前とは正反対。まさにその頃、例の樹脂製の型の耐久性のなさが大問題になっていたのだ。
「こっちはそんなこと先刻お見通しです。そこでドアトリムを見せると、人がどっと集まってきた。丈夫な金型でつくれるうえ、表面模様も素晴らしい。これならというので、今度は全面的にバックアップしてくれることになったんです」 |
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「小穴の多い」「多孔性の」という意味で、「ポーラス(porous)電鋳」と名付けられたこの世界初の技術は、その後国内自動車メーカー各社に採用され、品質と生産性の向上に大いに寄与することに。しかも、面倒なスラッシュ成形法に比べて製造コストで2割減、製造に必要なエネルギーはなんと約12分の1。さらにリサイクルに適した素材が使えるうえ、その成形品は3割も軽い。結果、車の燃費からリサイクル効率まで向上させてしまったのだ。今や同社は欧米でも、「KTX」の名で知られる金型と成形機の総合メーカーとなっている。
「ものづくりで大切なことは、とにかく早くかたちにすること、そしてあきらめずに粘り強くやることです。うちが一番苦しかったのは、73年のオイルショックの時でした。電鋳の仕事はなく、パチンコ屋の椅子洗いで日銭を稼ぐ毎日。でも、ひとりの社員だけは−今はもう、退職してしまいましたが−『電鋳の灯を消すわけにはいかん。あんたは電鋳のことだけをやっとってくれ』と、会社に残していたんです」
その元社員こそ後にポーラス電鋳をモノにする、あの技術者だったのである。 |
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