顔なじみの医師からその患者さんを紹介されたのは、98年のことだった。脳出血で半身マヒになり、片足首が反り返ってしまった40代の女性。どこで治療を受けても見放され、ワラにもすがる思いで佐喜眞さんの元を訪れたのだ。付き添う夫は「助けてやってください」と深々と頭を下げる。関節の専門家ではなかったが、「やってみましょう」と引き受けた。しかし、足首を固定する装具を何種類もつくってはみたものの、ほとんど役には立たなかった。「これ以上は無理です」。そう“宣告”した時、「できるって言ったじゃないか!」と激昂した夫の表情を、佐喜眞さんは今でも鮮明に覚えている。こんなに妻を思う人の期待を裏切っていいのか。愛妻の車椅子を押しながら、とぼとぼと帰っていくその後ろ姿を見た時、今度は佐喜眞さんの職人魂が叫び声を上げた。「待ってください。もう一度、私に任せてください」と。 |
再挑戦で注目したのが、足首そのものではなく、膝。開業以来、数多くの
患者さんと向き合ってきた技術者の、それは“勘”だった。数ある膝装具の
中で、軽くて丈夫だといわれる「スウェーデン式装具」。試してみると多少の歩行の改善は見られるものの、ズレ落ちる、圧迫が強すぎる、見た目が悪い、装着時に転倒するとけがをする可能性があるなど、多くの問題点があった。佐喜眞さんの新製品は支持性に優れ、重量はその2分の1〜4分の1。履いても違和感はなく、正座をすることさえできるのだ。くだんの女性も、膝が安定することで足首の反りがうそのようになくなり、ほどなく車椅子から立ち上がれるようになった。
あきらめる寸前で踏みとどまり、まったく新しい発想で難問に挑んだこと。それが、独自構造を持つ膝用装具「CB(センター・ブリッジ)ブレース」の開発に結び付いたのである。 |