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繊維強化プラスチックでかたどった座席の部品(写真左下)と、
グラム単位で均一に金属溶射する機械(写真右下) |
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これが植物の「ウルシ」から採取した原液 |
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1世紀以上現役の“くろめ鉢”で漆を精製 |
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漆と聞くと、お椀や重箱といった美しい木製の漆器が思い浮かぶだろう。その漆の素材特性に着目し、伝統工芸から最新の工業製品へと、世界を広げたのが坂本さんだ。
「なぜ飛行機かというと、以前に、自動車の限定オプションで漆仕上げの仕事を受けていまして。好評だったようで新車種では全車装備となった。それまでは月20〜50台程度の注文だったのが、一気に1200台。でも、新車って発表時が注文のピークで、徐々にシリすぼみ状態。設備や人員を整えても、後に無駄になる。うちのような小さな企業にはたまらない。もう二度と大量生産の車はやらねーぞと(笑)。でも、せっかく培った技術をほかに応用したい、飛行機のファーストクラスなら座席数も少なくていいと思ったわけです。普段は営業をしない私が、唯一、営業をして得た仕事でした」
96年にはファーストクラスの内装に、意匠的な銀箔仕上げが採用された。しかし4年後、座席の高級化に伴い、新たな課題が。これまでの平面状の金属とは違う、三次元のハニカムFRP素材への表面処理技術を要求されたのだ。しかも前回は3年がかりで開発したが、今回は1年という条件付き。
「地上は1気圧、上空は0・7気圧。その余圧や繰り返しの離発着に耐えるためには、わずかな気泡もムラも許されない。ファーストクラスは機首部分だから、先細りの機体に合わせて座席ごとの大きさもかたちも微妙に異なります。複雑な三次元に、均一に塗装する、それこそ漆工芸で培ってきた、精密な塗装技術なんです」
坂本さんは、同様に塗装した愛用のスーツケースを携え、福島―沖縄を何度も往復してテスト飛行。試行錯誤の末、期限の1年で採用に。「必ず成功する」と確信していたというその裏付けは、様々な製品に対応してきた実績と経験、そして情熱だ。 |
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同社に営業職はいない。28年前、坂本さんが妻の実家である老舗の漆器産地問屋を継いだ時、経営方針を一変したからだ。
「営業主体の問屋業は私の性分には合わない。だが製造業を目指すといっても、専門職人が分業してつくり上げる漆器の工程を身につけるのは一生かかってもムリ。それなら、私のやり方で、全部自分でつくれるようにしようと。戸惑う従業員はのれん分け。お得意さんを持って喜んで独立していきました。経営面では大変でしたが、若旦那の私には、固執するものが何もないから(笑)。ほかではやらない、自分が欲しいモノだけをつくろうと決めたんです」
漆の素材特性と漆工芸技術を生かした独自の作品は、まず海外で絶賛され、その評価は日本へと逆輸入された。万年筆、カメラ、オーディオ、家電製品、インテリア、仏具、携帯電話、自動車、航空機などなど。アクセサリー以外はすべて、坂本さんがデザインをする。「全部が私の趣味、それが仕事になる」と楽しそうに笑う。しかし、この趣味、ハンパじゃない。たとえばカメラ。依頼されれば全機種を買いそろえ、徹底的に使い込む。自分で分解し、部品素材を調べ、組み立てて原理を学ぶ。さらにマニアの域まで使いこなす。そのうえで、自分を喜ばせる機能、デザインを考え、美観と実用を兼ねたかたちにしていく。
「依頼主からは、詳しいね、じゃ任せるとなる。そう言わせるまで、のめり込むことが大事。ただ漆を塗りました、じゃダメ。ロールスロイスの内装デザインを頼まれた時に先方も言っていたけれど、日本は部品ごとの分業が多いが、欧米のロールスロイスのユーザーのような、本物の価値を知り尽くした人たちはそれじゃ満足しないと。全部を知り尽くして、ひとりで車をつくるような気持ちでデザインしてほしいって」
自分が買いたいと思えるモノをつくれば、必ず売れる。誰にも売りたくないほどに、こだわりを追求する。それが坂本さんの流儀。
「世の中には、自分と同じ価値観、趣味の人は必ずいるんだから。もし売れないなら、まだまだ自分が未熟だということ。世界が認める最高級品を日本はつくれるんだよ。中小でも零細企業でもね。相手をどううならせるか、面白いでしょう? それがまた次の仕事につながるんですよ」
坂本さんのこの趣味も、漆と同様、まだまだ無限の世界。 |
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