●対立する問題の「つながり」を特定
2013年12月7〜10日にシンガポールで開催された環太平洋経済連携協定(TPP)閣僚会合の最後に発表された共同声明で、TPP参加12カ国の閣僚は、2013年内の協議妥結を断念すると表明した。一方、これら12カ国は2014年早期の妥結を視野に入れ、1月以降も交渉を続ける意向も明らかにした。観測筋の多くはTPP参加12カ国の交渉団が2014年1月22〜25日にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラム年次会議(ダボス会議)に合わせ、交渉妥結を視野に会談するとみている。
12カ国の閣僚はシンガポールでの章(分野)を完結させることはなかったが、遅々として進まないようにみえる交渉を、早期に妥結させるための重要な手掛かりを見いだした。手掛かりをもたらしたのはオーストラリアのアンドリュー・ロブ貿易相とニュージーランドのティム・グローサー貿易相で、両国は、米国と日本が市場アクセス問題で譲歩するのと引き換えに、あらゆる「規制問題」について譲歩する用意があると提案した。オーストラリアは砂糖の輸出を巡って米国との間に市場アクセス問題を抱えているが、米国はTPP協議でこの問題について議論することを拒んでいる。この問題は米豪自由貿易協定(FTA)の範囲に含まれており、FTA施行の問題については現在両国間で議論が進行しているからだ(注:米砂糖業界は小規模ながらも、ワシントンで政治力を持つ)。ニュージーランドは日本が6分野の農産品(特に乳製品)の一部の市場アクセス問題についての交渉を拒否する姿勢を見直すならば、(知的財産権分野の)医薬品特許問題で譲歩すると提案している(注:日本が議論のテーブルから除外している6分野の農産品とは、乳製品、コメ、牛肉、豚肉、小麦・大麦、砂糖である)。ニュージーランドは国民健康保険制度のコストを抑えるために、後発医薬品に大きく依存している。一方、日本はTPP各国での医薬品販売申請に絡む特許の保護強化を求める米国案を支持しつつも、農産品の市場アクセスについては一切の妥協を拒んでいる。医薬品の特許保護は「規制問題」であるのに対し、農産品の輸入緩和は市場アクセスに関連する問題である。ベトナムもオーストラリアやニュージーランドと同様の立場をとり、米国がベトナム製の靴や衣類に市場を開放することを約束するならば、これまで強硬に反対してきた国有企業規制案など「規制問題」で譲歩する構えをみせている。つまり、TPP各国はここにきて規制と市場アクセスとを取引できる可能性に気付いている。こうした認識を受け、ニュージーランドのグローサー貿易相は「各国の閣僚は最終的には何も合意していない。だが、この交渉のギリギリのところで(様々な未解決の問題から)つながりを結びつけるだろう」とみている。
特定の市場アクセスと規制問題との間に適切なつながりを見いだすことは最終的な譲歩をもたらす助けとなるかもしれないが、大詰めに入るためには一部の国が有意義な提案をし、「越えることをためらっている一線」を越えなければならない。オーストラリア、ニュージーランド、米国はその「国」は日本だとほのめかしている。オーストラリアが激しい対決の末に投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項を受け入れた今となっては、日本が農業部門の幅広い領域をTPP交渉から除外していることは、極めて困難に思えるからだ。
●米国、農業分野で日本を激しく非難
マイケル・フロマン米通商代表部(USTR)代表は12月10日のシンガポール閣僚会議の終了直後に、市場アクセス問題で適切な提案を怠っているとして日本を激しく非難した。「我々の観点からすれば、日本は市場アクセス問題において、『包括的でかつ野心的である』というTPPの目標にかなうだけの意味ある提案を行っていない」と述べた。フロマン氏は安倍晋三首相が国内の農業団体をなだめるために6つの農産品をTPP交渉のテーブルから除外するよう交渉団に指示したことをやり玉に挙げた。フロマン氏は記者団に対し、「我々はそれぞれ自国に戻って協議するが、日本がTPPの一員として期待される成果を出す用意を整えた上で交渉のテーブルにつくことができるよう望む」といくぶん憤慨しながら語った。
これに先立つ12月8日には、シンガポールで日米2国間協議が行われた。交渉はフロマン米通商代表と西村康稔内閣府副大臣により実施された。西村氏はがんの手術を受けて入院している甘利明経済財政・再生相の代理だった。米広報官は2国間協議後に「率直な議論が交わされた。自動車と農業分野ではまだ大きな溝がある」と語った。
あるTPP代表団から流出したメモによれば、日本は関税撤廃案の内、最少95品目で関税削減を提案していない唯一の国となっている。ただし、このメモでは、日本は関税削減案で他のTPP参加国に追いつくためにさらなる時間を与えられたとも述べている。こうした事実に加え、12月初めに東京でジョー・バイデン米副大統領が「日本が他の国と同時にTPPに参加しなくても構わない」と発言したこともあり、日本は米国と保険、農業、自動車分野で、オーストラリア、ニュージーランド、カナダと農業分野で難しい市場アクセス問題を抱えているため、他の11カ国と同時にTPPに参加しないのではないかとの観測が高まった。だが、フロマン氏は12月10日の記者会見で、米国がこうした成り行きを検討しているとの観測を否定した。
●追記
米紙ニューヨーク・タイムズは2013年12月26日付の社説で、安倍首相の靖国神社参拝を批判した。社説では中国の一方的な防空識別圏の設定など中国や北朝鮮からの挑発が相次ぐなかでの安倍首相の靖国参拝により、日本や韓国との同盟関係を強化しようとする米国の取り組みは難しくなると指摘。米紙ワシントン・ポストも12月27日付の社説で同様の見解を示した。両社の社説では在日米大使館が安倍首相の靖国参拝について日本の外務省に抗議したことを明らかにした。こうした批判は日本のTPP交渉での行動とは何の関係もないが、米議会で安倍首相への支持が下がり、日本の農業分野の完全撤廃の提案を交渉のテーブルに乗せないよう指示した安倍首相に対する米国の姿勢が硬化する恐れがある。 |