第53号

1.環太平洋経済連携協定(TPP)

 

 2013年12月7〜10日にシンガポールで開催された環太平洋経済連携協定(TPP)閣僚会合の共同声明で、TPP参加12カ国の閣僚は、2013年内の協議妥結を断念すると表明したが、12カ国の閣僚はシンガポールにおいて、遅々として進まないようにみえる交渉を、早期に妥結させるための重要な手掛かりを見いだした。オーストラリアとニュージーランドの両国は、米国と日本が市場アクセス問題で譲歩するのと引き換えに、あらゆる「規制問題」について譲歩する用意があると提案した。

 オーストラリアは砂糖の輸出を巡って米国と市場アクセス問題を抱えており、FTA施行については両国間で議論が進行している。また、ニュージーランドは日本が6分野の農産品(特に乳製品)の一部の市場アクセス問題についての交渉を拒否する姿勢を見直すならば、(知的財産権分野の)医薬品特許問題で譲歩すると提案している。一方、日本はTPP各国での医薬品販売申請に絡む特許の保護強化を求める米国案を支持しつつも、農産品の市場アクセスについては一切の妥協を拒んでいる。医薬品の特許保護は「規制問題」であるのに対し、農産品の輸入緩和は市場アクセスに関連する問題である。つまり、TPP各国はここにきて規制と市場アクセスとを取引できる可能性に気付いている。特定の市場アクセスと規制問題との間に適切なつながりを見いだすことは最終的な譲歩をもたらす助けとなるかもしれないが、大詰めに入るためには一部の国が有意義な提案をし、「越えることをためらっている一線」を越えなければならない。オーストラリア、ニュージーランド、米国はその「国」は日本だとほのめかしている。オーストラリアが激しい対決の末に投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項を受け入れた今となっては、日本が農業部門の幅広い領域をTPP交渉から除外していることは、極めて困難に思えるからだ。(情報1

 韓国は11月下旬にTPP参加に関心があることを発表し、TPP参加12カ国と交渉入りについて正式に事前協議を始める意向を明らかにしたが、オバマ米政権は2013年末までのTPP協議妥結に動いていたため、当初韓国の発表に冷たい反応を示していた。しかし、2013年中の交渉妥結ができなかったため、オバマ政権は交渉妥結を急ぐ圧力から解放され、代わりに米韓FTAの実施に関する一定の問題について韓国と交渉する時間があることに気付き、韓国は妥結までのTPP交渉参加に改めて期待を抱いている。

 米国と韓国は米韓FTAで少なくとも3つの未解決の貿易・投資問題を抱えている。一つ目は米国からの輸入品に対する韓国の「過度の」原産地証明の要求だ。二つ目は米国への金融データ転送に関する韓国の規制障壁で、三つ目は韓国が輸入車に新たにガス排出税を課すことに対する米国の反対だ。これらの問題は複雑で、交渉したり韓国が法律を改正したりするにはかなりの時間を要するが、米通商代表部高官はこうした問題について2国間交渉に入ることを韓国のTPP協議参加の条件とすることに関心を持っているとされる。

 米韓FTAに関するこうした問題を両国がいつ、どのようにして議論すべきかはまだ決まっていない。実際問題として、現在進んでいるTPP協議の妥結がかなり遅れない限り、韓国の切迫したTPP参加の関心がかなえられる可能性は低い。(情報2

 米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ議長は12月19日の記者会見で、北米自由貿易協定(NAFTA)と似ているならば、AFL-CIOはTPPに反対するとの意向を表明した。NAFTAの実施でメキシコとカナダから免税の輸入品が増え、米製造業が両国に流出したため、米労働者の賃金は下がったからだ。一方、「(TPP交渉は)まだ妥結していない。妥結の内容に注目したい」と述べた。この発言は、TPPを徹底的に非難することでAFL-CIOが不利な立場に陥るのを望まない姿勢を鮮明にするとともに、AFL-CIOの3大労組の間でTPPに対する利害が一致していないことも示している。(情報3

 


(情報1) TPP協議、2013年に妥結できず

 

対立する問題の「つながり」を特定

 2013年12月7〜10日にシンガポールで開催された環太平洋経済連携協定(TPP)閣僚会合の最後に発表された共同声明で、TPP参加12カ国の閣僚は、2013年内の協議妥結を断念すると表明した。一方、これら12カ国は2014年早期の妥結を視野に入れ、1月以降も交渉を続ける意向も明らかにした。観測筋の多くはTPP参加12カ国の交渉団が2014年1月22〜25日にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラム年次会議(ダボス会議)に合わせ、交渉妥結を視野に会談するとみている。

 12カ国の閣僚はシンガポールでの章(分野)を完結させることはなかったが、遅々として進まないようにみえる交渉を、早期に妥結させるための重要な手掛かりを見いだした。手掛かりをもたらしたのはオーストラリアのアンドリュー・ロブ貿易相とニュージーランドのティム・グローサー貿易相で、両国は、米国と日本が市場アクセス問題で譲歩するのと引き換えに、あらゆる「規制問題」について譲歩する用意があると提案した。オーストラリアは砂糖の輸出を巡って米国との間に市場アクセス問題を抱えているが、米国はTPP協議でこの問題について議論することを拒んでいる。この問題は米豪自由貿易協定(FTA)の範囲に含まれており、FTA施行の問題については現在両国間で議論が進行しているからだ(注:米砂糖業界は小規模ながらも、ワシントンで政治力を持つ)。ニュージーランドは日本が6分野の農産品(特に乳製品)の一部の市場アクセス問題についての交渉を拒否する姿勢を見直すならば、(知的財産権分野の)医薬品特許問題で譲歩すると提案している(注:日本が議論のテーブルから除外している6分野の農産品とは、乳製品、コメ、牛肉、豚肉、小麦・大麦、砂糖である)。ニュージーランドは国民健康保険制度のコストを抑えるために、後発医薬品に大きく依存している。一方、日本はTPP各国での医薬品販売申請に絡む特許の保護強化を求める米国案を支持しつつも、農産品の市場アクセスについては一切の妥協を拒んでいる。医薬品の特許保護は「規制問題」であるのに対し、農産品の輸入緩和は市場アクセスに関連する問題である。ベトナムもオーストラリアやニュージーランドと同様の立場をとり、米国がベトナム製の靴や衣類に市場を開放することを約束するならば、これまで強硬に反対してきた国有企業規制案など「規制問題」で譲歩する構えをみせている。つまり、TPP各国はここにきて規制と市場アクセスとを取引できる可能性に気付いている。こうした認識を受け、ニュージーランドのグローサー貿易相は「各国の閣僚は最終的には何も合意していない。だが、この交渉のギリギリのところで(様々な未解決の問題から)つながりを結びつけるだろう」とみている。

 特定の市場アクセスと規制問題との間に適切なつながりを見いだすことは最終的な譲歩をもたらす助けとなるかもしれないが、大詰めに入るためには一部の国が有意義な提案をし、「越えることをためらっている一線」を越えなければならない。オーストラリア、ニュージーランド、米国はその「国」は日本だとほのめかしている。オーストラリアが激しい対決の末に投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項を受け入れた今となっては、日本が農業部門の幅広い領域をTPP交渉から除外していることは、極めて困難に思えるからだ。

米国、農業分野で日本を激しく非難

 マイケル・フロマン米通商代表部(USTR)代表は12月10日のシンガポール閣僚会議の終了直後に、市場アクセス問題で適切な提案を怠っているとして日本を激しく非難した。「我々の観点からすれば、日本は市場アクセス問題において、『包括的でかつ野心的である』というTPPの目標にかなうだけの意味ある提案を行っていない」と述べた。フロマン氏は安倍晋三首相が国内の農業団体をなだめるために6つの農産品をTPP交渉のテーブルから除外するよう交渉団に指示したことをやり玉に挙げた。フロマン氏は記者団に対し、「我々はそれぞれ自国に戻って協議するが、日本がTPPの一員として期待される成果を出す用意を整えた上で交渉のテーブルにつくことができるよう望む」といくぶん憤慨しながら語った。

 これに先立つ12月8日には、シンガポールで日米2国間協議が行われた。交渉はフロマン米通商代表と西村康稔内閣府副大臣により実施された。西村氏はがんの手術を受けて入院している甘利明経済財政・再生相の代理だった。米広報官は2国間協議後に「率直な議論が交わされた。自動車と農業分野ではまだ大きな溝がある」と語った。

 あるTPP代表団から流出したメモによれば、日本は関税撤廃案の内、最少95品目で関税削減を提案していない唯一の国となっている。ただし、このメモでは、日本は関税削減案で他のTPP参加国に追いつくためにさらなる時間を与えられたとも述べている。こうした事実に加え、12月初めに東京でジョー・バイデン米副大統領が「日本が他の国と同時にTPPに参加しなくても構わない」と発言したこともあり、日本は米国と保険、農業、自動車分野で、オーストラリア、ニュージーランド、カナダと農業分野で難しい市場アクセス問題を抱えているため、他の11カ国と同時にTPPに参加しないのではないかとの観測が高まった。だが、フロマン氏は12月10日の記者会見で、米国がこうした成り行きを検討しているとの観測を否定した。

追記

 米紙ニューヨーク・タイムズは2013年12月26日付の社説で、安倍首相の靖国神社参拝を批判した。社説では中国の一方的な防空識別圏の設定など中国や北朝鮮からの挑発が相次ぐなかでの安倍首相の靖国参拝により、日本や韓国との同盟関係を強化しようとする米国の取り組みは難しくなると指摘。米紙ワシントン・ポストも12月27日付の社説で同様の見解を示した。両社の社説では在日米大使館が安倍首相の靖国参拝について日本の外務省に抗議したことを明らかにした。こうした批判は日本のTPP交渉での行動とは何の関係もないが、米議会で安倍首相への支持が下がり、日本の農業分野の完全撤廃の提案を交渉のテーブルに乗せないよう指示した安倍首相に対する米国の姿勢が硬化する恐れがある。

 


(情報2) 韓国、TPP参加を目指す意向を主張

 

 韓国は11月下旬にTPP参加に関心があることを発表し、TPP参加12カ国と交渉入りについて正式に事前協議を始める意向を明らかにした。オバマ米政権は2013年末までのTPP協議妥結に動いていたため、米国は当初韓国の発表に冷たい反応を示していた。その後、TPP12カ国は12月7〜10日にシンガポールで開催されたTPP閣僚会合までに交渉を妥結できなかったため、オバマ政権は交渉妥結を急ぐ圧力から解放され、代わりに米韓FTAの実施に関する一定の問題について韓国と交渉する時間があることに気付いた。こうした展開もあり、韓国は妥結までのTPP交渉参加に改めて期待を抱いている。

 12月のシンガポールでの閣僚会議の直後、韓国のWoo Tae-tee通商審議官はウェンディ・カトラーUSTR次席代表代行とシンガポールで会談し、韓国のTPP協議参加の可能性について議論した。カトラー氏は「韓国がTPPに関心を示したことを歓迎する」と述べ、米国は「適切な時期に韓国と事前協議に入るのを楽しみにしている」と語った。一方、「米国と他のTPP参加各国の焦点は、現在進められているTPP交渉を妥結することにある」とも言明した。TPP協議参加に先立ち、韓国がTPP参加各国との2国間協議をできるだけ多く片付け、加えて米韓FTAの責務を完全に果たすことの重要性も強調した。

 米国と韓国は米韓FTAで少なくとも3つの未解決の貿易・投資問題を抱えている。一つ目は米国からの輸入品に対する韓国の「過度の」原産地証明の要求だ。二つ目は米国への金融データ転送に関する韓国の規制障壁で、三つ目は韓国が輸入車に新たにガス排出税を課すことに対する米国の反対だ。これらの問題は複雑で、交渉したり韓国が法律を改正したりするにはかなりの時間を要するが、米通商代表部高官はこうした問題について2国間交渉に入ることを韓国のTPP協議参加の条件とすることに関心を持っているとされる。一つ目の問題、つまり米国から直接輸入された製品が米国製であることを証明するようにとの韓国税関当局の「過度の要求」には、日本ブランドの米国製自動車も含まれるとみられる。「新排出税」の問題は、米韓FTA施行後に韓国政府が採用した税制に関連している。この税制に基づき、韓国の税務当局は排気量の大きな車の税率を引き上げている。これは一般的には米国車に適用される。

 米韓FTAに関するこうした問題を両国がいつ、どのようにして議論すべきかはまだ決まっていない。カトラー次席代表代行はシンガポールからワシントンに戻ってすぐの会見で、韓国政府が前述の分野を含む少なくとも「4分野」での未解決の2国間貿易問題を解決することにどれほど前向きかを精査する意向を示した。最終的なTPP協定の発効前に、米国と韓国が米韓FTAの下で浮上した問題など2国間の貿易問題を解決できなければ、韓国はTPP協定に参加する上で深刻な技術的問題に直面することになる。世界貿易機関(WTO)の協定とは異なり、最終的なTPP協定には「加入」に関する条項、つまりある国がTPP協定の発効後に既存の合意や協定に参加することについての条項がないからだ。TPPでは、韓国がTPP協定に参加するためのあらゆる技術的条件を満たしているかどうかを調べ、決断を下す常設事務局を設けることが提案されていない。したがって、実際問題として、現在進んでいるTPP協議の妥結がかなり遅れない限り、韓国の切迫したTPP参加の関心がかなえられる可能性は低い。

 これとは関係ないが似た出来事として、フィリピン政府は12月にTPP参加への関心を「正式に」表明した。実際にはフィリピンのベニグノ・アキノ大統領は2012年初めにはこうした関心を示していたが、TPPに参加すれば国の経済構造を大幅に変え、憲法さえも改正することになるため、フィリピン政府は大統領のTPPへの関心を追求しなかった。フィリピンのTPP参加へのアキノ大統領の関心が再確認されたのは、12月半ばのジョン・ケリー米国務長官のマニラ訪問だった。具体的には、ケリー氏は12月17日にマニラの米商工会議所で開催された昼食会で、フィリピンが「相談」のために2014年1月下旬にワシントンに代表団を送ることを明らかにした。フィリピンのアルベルト・デルロサリオ外相もこの昼食会で、「TPPに関しては、アキノ大統領はどの程度参加の見込みがあるかを積極的に調べるよう望んでいる」と語った。また「米国からは助言を受けており、1月には米通商部代表と技術的調整を行う予定だ」とも語った。ただし、ケリー氏は自らも米国もフィリピンに決断を指示することはないと明言し、デルロサリオ外相に対して「あなたがた指導者がこれらの可能性について自分で判断を下さなくてはならない。活発な議論が交わされるよう求める」と述べた。

 韓国と同様に、フィリピンもTPP参加までに多くの技術的障害を乗り越えなくてはならない。ただケリー氏の発言で、環境が整うならば米国はフィリピンのTPP参加を望んでいることが明らかになった。フィリピンが南シナ海の南沙諸島の領有権を巡って中国と軍事的に緊迫していることを考慮すれば、これは米国務長官としては当然の反応だろう。

 


(情報3) 労組トップ、TPPに反対

 

 米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ議長は12月19日の記者会見で、北米自由貿易協定(NAFTA)と似ているならば、AFL-CIOはTPPに反対するとの意向を表明した。NAFTAの実施でメキシコとカナダから免税の輸入品が増え、米製造業が両国に流出したため、米労働者の賃金は下がった。トラムカ氏はNAFTAを「失敗モデル」と評した。一方、「(TPP交渉は)まだ妥結していない。妥結の内容に注目したい」と述べ、TPP交渉はまだ妥結していないと指摘することで反対を和らげた。トラムカ氏はこの発言において、TPPを徹底的に非難することでAFL-CIOが不利な立場に陥るのを望まない姿勢を鮮明にした。同時に、トラムカ氏のTPPへの控え目な非難はAFL-CIOの3大労組の間でTPPに対する利害が一致していないことも示している。全米鉄鋼労働組合(USW)はTPPに反対しているが、全米通信労組(CWA)は賛成しており、国際航空整備労働者組合(IAMAW)は両者の中間の立場をとっている。

 日本の労組もTPPに強い関心を抱いている。このため、一部労組はブルネイとマレーシアでのTPP会合に代表者を送り込み、日本の労働者の立場を他国の非政府団体(NGO)の代表者に訴えた。米労組と同様に、日本の各労組のTPPに対する立場も分かれている。

 

目次へ 次頁へ