第46号

1.環太平洋経済連携協定(TPP)

 

 駐米日本大使館の森健良公使(経済担当)(5月1日、ワシントンの法律事務所で開催されたセミナー)、茂木敏充経済産業相(5月3日、米ブルッキングス研究所における講演)、佐々江賢一郎駐米大使(5月15日、米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)での講演)と、日本政府の要人が、米国でTPP交渉がペースダウンするという懸念が広がっていることに対して、「日本はTPP参加の準備が整っていると述べた。

 また、三菱商事顧問の亀崎英敏氏は、第17回TPP会合を開催中のペルーのリマでのビジネスフォーラムで、「第18回TPP会合の開始日を、7月24日以降に遅らせてほしいと日本は望んでいる」と発言した。亀崎氏の発言は、日本政府を非公式に代弁している、受け取られた。

 現在の日程では、米政府と議会との協議期間との関係で、日本は7月24、25日の2日間しか交渉に参加できない。また、7月下旬に実施される日本の参院選でTPPが争点になる可能性が高くなり、安倍内閣はこれを避けたいと思っている。また、日程を遅らせる案は政府の代表ではなく、民間人によって提案されなければならない事情があった。政府が日程を遅らせるよう「公式に」求めれば、様々な政府高官のこれまでの発言と「厳密には」矛盾するようにみえるからだ。

 しかし、この発言にもかかわらず、リマ会合に出席したTPP参加各国が18回目会合の現在のスケジュールを維持すると既に決めているのは明らかであり、5月24日のリマ会合最終日に、ペルーのエドガー・バスケス首席交渉官は、「マレーシア会合はかなり前から手配されているため、開始日を遅らせることはできない」と語った。(情報1

 ニクソン政権まで遡る長い公職キャリアを持つ著名なエコノミストであるピーターソン国際経済研究所のフレッド・バーグステン上席代表は5月半ば、「中国の為替操作による米国の莫大な貿易赤字によって、米国で100万〜500万人の雇用が犠牲になってきた」と指摘し、「TPPが為替操作に対応しないならば、米議会は日本がTPPに参加をするまでの90日間の「待ち時間に」これに対処するだろう。米自動車産業の強い突き上げによって、米議会はTPPにこの問題の対応を求めるはずだ」と指摘した。

 4月に日本のTPP協議参加が明らかになって以来、米大手自動車メーカーと全米自動車労働組合(UAW)からのTPP協議での為替操作への対応を求める声は高まっている。しかし、加盟国による為替操作を見張っている公式機関である国際通貨基金(IMF)は、日銀が実施している量的緩和策は日本の国内経済に照準を合わせているため、為替操作ではないと明言している。国内からの圧力を受け、米政権はTPP協議と並行して行われる日米自動車協議で為替操作を取り上げる可能性が高い。

 すったもんだした挙句、為替操作はTPP協議の正式な議題となることはなさそうだ。(情報2

 


(情報1) 日本政府高官、日本がTPP交渉を減速させることはないと米政府を説得

 

 駐米日本大使館の森健良公使(経済担当)は5月1日、ワシントンの法律事務所で開催されたセミナーで、日本が環太平洋経済連携協定(TPP)に参加したことにより、TPP交渉がペースダウンするという懸念が広がっていることに対して「当惑している」と語った。森氏は「日本はアジア地域で最も進んだ国の一つであるため、こうした事態が生じるはずはない」と強調(編注:森氏は日本がアジア地域で最も「前向きな」国の一つだと言いたかったのだろう)。一例として、TPP最終合意に投資家と国の紛争解決(ISDS)条項を盛り込みたいとする米国案を日本が支持していることに触れた。オーストラリアはISDSを最終合意に盛り込むことに反対している。ISDSを盛り込めば、海外投資家はTPP合意のような自由貿易協定の下で設立された中立パネルに対し、投資相手国との調停を申し立てることが可能になる。この条項が無ければ、不当な扱いを受けた海外投資家は複雑な手続きにのっとり、投資相手国の司法制度の下で同国を提訴しなくてはならない。北米自由貿易協定(NAFTA)の下で設立された紛争解決手続きはISDSの成功例だ。農協などは、ISDSは法的手段の乱用につながり、国の主権を弱める恐れがあるとして、TPP合意にISDSを盛り込むことに反対している。

 森氏は安倍首相が進行中のTPP協議に追いつくことに特化した新たな政府組織を立ち上げたことにも言及した。この組織は安倍首相直属で、約100人のスタッフを抱えている。

 その2日後の5月3日、茂木敏充経済産業相は米ブルッキングス研究所における講演で、日本がTPP協議で追いつくことについて触れた。茂木氏は日本がTPP協議に参加してしまえば、当然のことながら「高い水準での合意」に貢献すると確信していると語った。この点を強調するために、安倍首相が比較的短時間で閣僚に日本のTPP協議参加を説得したことを挙げ、「これは日本のリーダーが交渉において重要な決断を素早く下す能力と決意があることを示している」と語った。

 5月15日には、佐々江賢一郎駐米大使が米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)でワシントンに拠点を置く学者やロビイスト、メディアの代表に対し、日本のTPP参加への決断について講演した。佐々江大使は、日本政府に今回の判断を促した要因は、その経済成長を望む思いと、TPPがアジア・太平洋地域の国々の間の協力拡大につながるとの確信だと語った。TPPは日本と近隣国との経済摩擦を和らげ、知的財産権保護やサイバーセキュリティ、環境保護分野での日米の協力を推進し、アジア・太平洋地域の他の通商・経済協定への足掛かりとなり得るとも述べた。AEIは5月15日のセミナーに先立ち、日本のTPP協議参加を「逆転ドラマ」と呼んだ。これは日本がTPP参加によって景気低迷と近隣諸国からの孤立から脱することができるという意味なのか、それともTPP協議の力学を変えることになるという意味なのかは定かではない。

 茂木経産相と日本大使館高官が、日本はTPP参加の準備が整っていると述べてから1カ月も経たないうちに、ある有力な日本人のビジネスマンは、第17回TPP会合を開催中のペルーのリマで、第18回TPP会合の開始日を、7月24日以降に遅らせてほしいと日本は望んでいると発言した。今のところ、第18回会合は7月15〜25日にマレーシアで行われる予定。上の提案をしたビジネスマンは、三菱商事顧問の亀崎英敏氏である。亀崎氏はリマ会合に合わせて行われたビジネスフォーラムで講演した。バーバラ・ウィーゼルTPP米首席交渉官とペルーのエドガー・バスケスTPP首席交渉官もこのフォーラムに参加していた。亀崎氏は日程の問題では日本政府を非公式に代弁している、とウィーゼル氏は受け取った。

 亀崎氏が前述のような提案をした理由は次の2つである。(1)米政府は議会との間の90日間の協議期間が終わるまで、すなわち7月23日までは、日本との交渉に入ることができない、(2)日本は7月24日まではこれまでのTPP交渉の記録にアクセスできない。したがって、第18回TPP交渉の日程、つまり7月15〜25日が後にずれなければ、日本は7月24、25日の2日間しか交渉に参加できない。さらに、現在の第18回交渉の予定の下では、7月下旬に実施される日本の参院選でTPPが争点になる可能性が高くなる。安倍内閣はこれを避けたいと思っている。また、日程を遅らせる案は政府の代表ではなく、民間人によって提案されなければならない事情があった。政府が日程を遅らせるよう「公式に」求めれば、様々な政府高官のこれまでの発言と「厳密には」矛盾するようにみえるからだ。(注:しかし、亀崎氏の発言の后に、ある日本政府高官はウィーゼル米主席交渉官に対し、日本の公的な立場は亀崎氏の立場と同じだと語った)。日本が第18回交渉に2日間しか参加できなければ、日本での米国製自動車の販売や日本のいわゆる「非関税障壁」について、日米政府代表の間で有意義な2国間交渉を行うことができなくなってしまう。これらに関する日米間の交渉は、第18回TPP協議(マレーシア)に並行して行われる見通し。交渉においては、米通商代表部(USTR)のウェンディ・カトラー代表補が米側の首席交渉官を務める。

 亀崎氏が第18回会合の開始日を遅らせるよう懇願したにもかかわらず、リマ会合に出席したTPP参加各国が18回目会合の現在のスケジュールを維持すると既に決めているのは明らかだった。5月24日のリマ会合最終日に、ペルーのエドガー・バスケス首席交渉官は記者会見で、マレーシア会合はかなり前から手配されているため、開始日を遅らせることはできないと語った。一方、参加各国で進められている国内手続きが完了しさえすれば、「日本の7月会合への参加は適切にアレンジされるだろう」とも述べた。米国の国内手続きが終わるのが7月23日であるため、マレーシア会合の日程が遅れることはないという意味である。

 


(情報2) 米自動車業界によるTPPでの「為替操作」対応要求に強力な支持者出現

 

 ピーターソン国際経済研究所のフレッド・バーグステン上席代表は5月半ば、為替操作を禁止する条項をTPPの最終合意に盛り込むべきだと提唱した。バーグステン氏は特に、中国の為替操作による米国の莫大な貿易赤字によって、米国で100万〜500万人の雇用が犠牲になってきたと指摘。TPPが為替操作に対応しないならば、米議会は日本がTPPに参加をするまでの90日間の「待ち時間に」これに対処するだろう、とも語った。具体的には、為替操作に反対する条項をTPP最終合意に盛り込むようオバマ政権に求めている議員として、マイケル・ミショー下院議員(民主党、メイン州)、ジョン・ディンゲル下院議員(民主党、ミシガン州)、サム・グレーブス下院議員(共和党、ミズーリ州)、リック・クロフォード下院議員(共和党、アリゾナ州)の名前を挙げた。バーグステン氏は、TPP参加諸国が今後の会合において為替操作を取り上げなければ、米自動車産業の強い突き上げによって、米議会はTPPにこの問題の対応を求めるはずだと指摘した。

 フレッド・バーグステン氏はニクソン政権まで遡る長い公職キャリアを持つ著名なエコノミストである。ニクソン政権ではヘンリー・キッシンジャー氏の下で大統領副補佐官(経済担当)を務めた。バーグステン氏は数年前、中国の通貨は26%過小評価されていると提唱。この試算は為替問題で中国と協議する際、米政権が広く採用する「公式」指標となった。バーグステン氏はまた、為替操作を違法な輸出補助金として規定すべくGATT(関税貿易一般協定)第15条を修正すべきだとも提唱している。

 4月に日本のTPP協議参加が明らかになって以来、米大手自動車メーカーと全米自動車労働組合(UAW)からのTPP協議での為替操作への対応を求める声は高まっている。加盟国による為替操作を見張っている公式機関である国際通貨基金(IMF)は、日銀が実施している量的緩和策は日本の国内経済に照準を合わせているため、為替操作ではないと明言している。一方、国内からの圧力を受け、米政権はTPP協議と並行して行われる日米自動車協議で為替操作を取り上げる可能性が高い。

 つまり、すったもんだした挙句、為替操作はTPP協議の正式な議題となることはなさそうだ。

 

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